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eBayから20年 米国の差止実務がゆっくり変化か? 20years after eBay US injunction gradually changing?

更新日:2 時間前

――Collision v. Samsung(EDTX, 2026年5月)が問いかけるもの


May 26, 2026 by Toshi Futamata


本稿は、米国弁護士Joe Yang(Patentesque Law Group)との対話・公開情報・EDTX 2026年5月18日判決(添付PDF)に基づく分析である。判決の解釈は筆者の責任による。


【判決概要】

裁判所・事件番号

EDTX Marshall Division / Case 2:23-cv-00587-JRG

担当判事

James Rodney Gilstrap判事

背景

$445M(4億4,500万ドル)故意侵害評決(2025年10月)

トランプ政権介入

DOJ・USPTO共同アミカスブリーフ(2026年2月)。差止めへの過度制限はイノベーション・インセンティブを損なうと主張

判決日

2026年5月18日

結論

永久差止め申立て却下(eBay ③④未充足)


 

eBay 4要件の判断:

① Irreparable harm(回復不能な損害)

権利者Collision有利(NPEでも一律否定せず)

② Adequacy of remedies(金銭賠償の不十分性)

Collision有利

③ Balance of hardships(利益衡量)

実施者Samsung有利(立証不十分)

④ Public interest(公共の利益)

Samsung有利(立証不十分)

 

判決文(18頁)は添付PDFをご参照ください。

 

1. $445Mでも差し止めは出なかった

2026年5月18日、EDTXのGilstrap判事はCollision Communications v. Samsung(Case 2:23-cv-00587-JRG)において永久差止め申立てを却下した。

注目されるのはその背景だ。陪審はすでに$445Mの故意侵害評決を認定済みであり、判事自身もirreparable harmとadequacy of remediesの二要素についてはCollisionに有利な判断を示していた。それでも差し止めは出なかった。この事実が、現在の米国特許実務のある断面を鮮明に示している。

なお、本判決の前日(5月17日)、テキサス州西部地区(WDTX)では別個の意匠特許侵害訴訟においてeBayの4要件すべてが認定され永久差止めが発せられている。ただし事案の性質(意匠特許・約1,300万ドル規模)が大きく異なり、本件との直接の比較はできない。

本件はSEP案件ではない。特許はBAE Systemsが開発した無線通信の干渉低減技術であり、CollisionがBAEから取得したものだ。FRAND義務を伴う標準必須特許の文脈はなく、純粋なNPE型特許訴訟である。この区別は後述するSEPへの含意を考える上で重要だ。

 

2. eBay判決(2006年)という構造的前提

2006年の連邦最高裁eBay v. MercExchange(547 U.S. 388)は、特許侵害が認定されても差し止めが「自動的に」認められるという慣行を否定し、衡平法上の4要件(①irreparable harm、②金銭賠償の不十分性、③利益衡量、④公共の利益)すべての充足を求めた。


以来20年、この枠組みはNPEに対して特に厳しく機能してきた。実施製品を持たないNPEは①②の立証に構造的な困難を抱えるとされ、「NPEには差し止めは認められない」という実務感覚が定着した。AIA(2011年)によるPTABでの無効申立て容易化も重なり、特許権者の交渉力は「eBay+AIA+PTAB」という三重の圧力下に置かれてきた。

トランプ政権はこの状況を変えようと、USPTO人事と裁判所への提出書類を通じて特許権者重視の方針を推進している。しかし裁判所はなかなか動かなかった。本件でDOJ・USPTOが共同アミカスブリーフを提出したのは、それを埋めようとする政策的意図の表れと見ることができる。

 

3. 判決の何が新しかったか

Gilstrap判事はDOJ・USPTOのロジックを実質的に受け入れ、「NPEだから当然に差し止め不可」という見方を明示的に退けた。侵害継続による金銭評価の困難さだけでもirreparable harmの基礎づけとなり得るという政府の論理を採用した。


ただし判事はそこで止まった。③balance of hardshipsと④public interestについてCollisionが「十分に具体的で事案固有の立証」を行えなかったと認定し、差し止めを否定した。

権利者の敗因は「権利侵害がないこと」ではなく「救済として差し止めが相当とまでは言えなかったこと」である。Collisionはirreparable harmに注力するあまり、差し止めが事業・消費者・第三者に与える影響についての積み上げが不十分だった。Samsungが逃げ切れたのは理論ではなく立証の問題だった。

 

4. 差止がなぜ長らく機能しなかったか

特許権者がライセンスを獲得するための伝統的な流れは「差し止め取得→交渉圧力→ライセンス成立」という連鎖だった。この連鎖は米国の場合、国内と国際の二か所で長らく機能していない。


国内の断絶:eBayの壁。eBay・Paice判決(2006年)以降、米国では金銭賠償が原則的な救済手段となり、差し止めは例外となった。本件Collisionはその現実を改めて示している。$445Mの故意侵害評決をもってしても差し止めは得られない。


国際の断絶:ASIの拡張。米国内で差し止めが得られなくなった特許権者は、欧州や中国で差し止めを取得してライセンス交渉のレバレッジとする戦略に活路を見出してきた。しかし米国裁判所はこの動きに対してもASI(Anti-Suit Injunction:外国での差し止め手続きを禁ずる命令)で対抗してきた。Ericsson v. Lenovo(CAFC, Oct. 24, 2024)では、CAFCが「特許権者がETSIの善意交渉義務に違反した場合、外国での差し止めは正当化できない」としてリマンドした。外国で差し止めを取得しても、ライセンス交渉のレバレッジとして使う前に米国裁判所に無力化される流れが固定化した。


5. 実務への示唆

権利者側

米国において「NPEだから」という反論は通りにくくなった。ただしirreparable harmは出発点に過ぎない。balance of hardshipsとpublic interestについても同等の準備が必要であり、この立証設計が差し止め取得の実質的な分岐点となる。


実施者側

安易な「NPE=差し止めなし」前提はかえってリスクを高める。製品供給・消費者影響・代替技術の有無を実証的に積み上げる準備が求められる。グローバル紛争ではASI申立ての戦略的コスト(欧州・中国でのwilling licensee推定喪失)も精緻に計算すべきである。


SEPへの含意

本件は非SEP案件だが、仮にこのirreparable harm論理が将来のSEP案件に援用されるとしても、FRAND義務・実施者の産業規模・消費者への波及はpublic interestとbalance of hardshipsの文脈でさらに重くのしかかる。SEP権利者にとっての立証ハードルは非SEP案件より高くなるであろう。

 

6. おわりに――「底に達した」か?

今回情報を提供いただいたJoseph Yang弁護士はこう言う。「米国は『底に達した』かもしれない。eBay+AIA+PTABの組み合わせはもっとも厳しいポイントだったが、近年ではますます多くの人々が中央値に戻す必要があると感じている。」同氏はCollision v. Samsungはirreparable harm以外の要因を説得力をもって論じることに失敗しただけであり、「反差し止め哲学」を示すものではないかもしれない、と指摘する。


一方で、$445Mの高額の故意侵害評決があり、判事自身がirreparable harmを認めても、差し止めは出なかったのも事実である。本件で前進したのは、「NPEだから差し止め不可」という定型的反論が通りにくくなった点だけで、それはeBay枠組みの内側での小さな変化に過ぎないという見方もあり得る。


差止をめぐる変化が本物かどうかは、後続判決とDOJ/USPTOの動向が示していくだろう。引き続き注視したい。

 

SEP研究会(SEPJ) 二又俊文(Futamata Toshifumi)

本稿はJoseph Yang米国弁護士との対話・公開情報・EDTX 2026年5月18日判決(添付PDF)に基づく分析である。解釈は筆者の責任による。

Photo: Unsplash Pete Alexopoulos

 
 
 

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