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プール料率は誰が審査するのか

実施者Snapの英国提訴と Tesla v InterDigital & Avanci ― Who Scrutinizes a Pool Rate?

Snap v. Dolby / Access Advance|英国高等法院特許裁判所|HP-2026-000026|2026年7月10日提訴


SEP訴訟の重点は、この数年で通信技術から映像コーデックへ移りつつある。3G・4G・5Gの標準必須特許を軸としていた紛争は一巡し、代わってHEVC、VVC、AV1をめぐる事案が増えている。当事者も、端末メーカーから配信プラットフォームへと広がってきた。


2026年7月10日、SnapがDolby Laboratoriesおよびパテントプール運営者Access Advanceを被告として、英国高等法院特許裁判所に提訴した(HP-2026-000026)。Snapは写真・動画共有アプリSnapchatを運営する米国企業であり、端末を製造しない。ユーザーが投稿した動画をサーバ側で符号化・配信する型の実施者である。対象はAccess AdvanceのHEVCハードウェアプールではなく、2025年に立ち上がった配信事業者向けのVideo Distribution Patent(VDP)プールの規則とレートである。


その17日後、2026年7月27日に英国最高裁がTesla v InterDigital & Avanci[2026]UKSC 27を言い渡した。二つは切り離して読むべきではない。

本件は、英国においてプール運営者を被告に含む実施者側の請求としては、公開資料で確認できる限り3件目である。1件目は2019年提起のVestel v Access Advance & Philips([2021]EWCA Civ 440。HEVC Advanceプール、管轄否定)、2件目が2023年12月提起のTesla v InterDigital & Avanci([2026]UKSC 27。Avanci 5Gプラットフォーム、管轄肯定)であり、本件が3件目にあたる。



[図]英国におけるプール運営者を被告に含む実施者側の請求


1.UK最高裁判決の要点

Tesla事件は、Avanci 5Gプラットフォーム(1台あたり32米ドル)の料率がFRANDでないとして、Teslaが運営者Avanciと、ETSIにFRAND宣言を行ったライセンサーInterDigitalの双方を被告に確認判決を求めた事案である。特許裁判所も控訴院多数意見も管轄を否定したが、最高裁はこれを覆した。

もっとも、判断されたのは管轄の入口、すなわち「審理に値する重大な争点(serious issue to be tried)」の有無であって、プール料率がFRANDか否かの実体判断ではない。プール運営者がFRAND義務を負うと判示したものでもない。事件は特許裁判所に差し戻され、実体審理はこれからである。判決の内容については別稿(7月30日ブログ)で扱った(「Avanciプールレートは FRAND か ― 英国最高裁が提起した課題」)ので、ここでは繰り返さない。


2.Snapの請求構造はTeslaと同型である

Snapはライセンサーである Dolby と、運営者である Access Advance の双方を被告としている。Tesla が InterDigital とAvanci の双方を被告とした構造と同じである。提訴が判決に先行した以上、Snapが判決を見越して構えたのかは訴訟記録からは分からない。ただ結果として、その請求はAvanci UKSC 27の枠組みに乗る形になっている。

従来、英国の先例は実施者に厳しかった。Vestel Elektronik v Access Advance[2021]EWCA Civ 440において、控訴院はまさにHEVC AdvanceプールのUK SEPに関するFRAND条件の確認請求について管轄を否定している。独立した(free-standing)確認請求は請求の法的基礎を欠く、というのが理由であった。最高裁はUKSC 27で、Vestel以来積み上がったこの一連の判例を検討したうえで、Teslaの請求はUK SEPに関するライセンス請求として性格づけられるとした。Vestelで閉じられた扉が、条件付きで開いたことになる。


3.AV1が対象に含まれている

紛争の発端はDolbyである。2026年3月、DolbyはSnapを米国(デラウェア地区連邦地裁)およびブラジルで提訴し、HEVCおよびAV1の特許侵害を主張した。差止請求を伴う。その後UPCミュンヘン地方部にも追加提訴した。Snapchatのバックエンドの動画処理がHEVCを実施しており、SnapはVDPプールを通じてライセンスを取得すべきである、というのが主張の核心である。

Access Advanceの公表によれば、これは同プールのライセンサーによるAV1実装への初の権利主張であり、配信プラットフォームに対する初のAV1主張でもある。AV1はAOMediaがロイヤルティフリーを掲げて推進してきたコーデックであり、AV1へ移行すればHEVCのライセンス負担を回避できるという見方も一定程度あった。SnapがAV1単独のレートを求めるのか、VDPプール全体のレートを求めるのかで、射程は大きく異なる。


4.まとめ ― 何が結論を分けるか

Avanci UKSC 27の枠組みに乗るとしても、Snapが同じ結論を得るとは限らない。標準化団体の違い、すなわちHEVCのSEP宣言先がETSIではなくITU-T/ISO/IECである点を差異として挙げる向きもあろうが、UKSC 27の確認判決に関する論理は運営者に対する訴訟原因の存在を前提としていない。この違いだけで結論が分かれる公算は大きくない。結論を分けるのは、運営者とその背後にある市場構造の違いでなかろうか。

三件の推移を並べれば分かるとおり、被告となってきたのは圧倒的にAccess Advanceである。ドイツ、中国、米国、そして英国で二度。これは偶然ではない。HEVCの市場は分断している。Access AdvanceのプールとMPEG LA(現Via LA)系のプールが併存し、そのうえプール外のバイラテラル権利者も残る。両プールに重複して参加する権利者がいる以上、実施者は同じ特許について二重に支払う危険を負う。デュッセルドルフ地方裁判所がFRAND違反としたのは、まさにこの二重支払を回避する義務がVestelに対して法的に確保されていないという点であった。Duplicate Royalty Policyという問題は、Access Advance固有というより、HEVC市場の分断が運営者に強いた構造的な難題である。

Avanci 5Gにこの問題はない。競合プールが存在せず、当該スタックの9割超を一箇所に集約しているからである。そしてUKSC 27がプラットフォーム・ライセンスを審理対象としえた根拠も、まさにその集約度と、全ライセンサーとの個別交渉が現実的でないという商業的実態にあった。Avanciについて成り立った事実的前提を、そのままVDPプールに移すことはできないであろう。


ここに本件の緊張がある。Snapの実体面でのリスク——プールの分断、二重支払の危険、料率の妥当性——は、いずれもHEVC市場が一元化されていないことから生じる。ところが同じ分断は、「プラットフォーム・ライセンスこそが唯一のFRANDライセンスである」というTesla型の理論を弱める。Snap自身が2026年1月にNokiaと2社間契約を締結している事実は、個別交渉が不可能でないことを示す材料としてDolby側から援用されうる。実体で強い主張ほど入口で不利になるという、ねじれた構図であるVDPプールがHEVC/AV1のSEPをどの程度集約しているかという、きわめて事実的な立証が勝敗を左右する。


Avanciが無風でありえるかは予断を許さないだろうが、一方の実施者側の主張にも弱点はある。プールは非排他的な仕組みであり、ライセンサーは個別交渉の自由を留保している。Avanci UKSC 27自身、SEP保有者にプラットフォームへの参加を義務づけるものではなく、参加・離脱の自由を認めると述べている。他方で、プールを通じたライセンス取得を求めつつ差止めを請求する構図は、事実上プール加入を促す効果をもつ。hold-upとhold-outのいずれに重きを置くかで評価は分かれる。プール料率の司法審査という問題は、英国において入口を通過したところだろう。


参考 ― プール運営者を被告とする先行事案

ドイツ:Vestel

デュッセルドルフ地方裁判所は2021年12月21日、Vestelの侵害責任を認めつつ差止めを認めなかった。JUVE Patentによれば、同裁判所はプール・メンバーのライセンスをFRANDでないと判断し、Vestelの反訴も認容している(4c O 42/20 ほか、Klepsch裁判長)。Access Advance自身の説明では、理由はMPEG LAプールと重複する権利者への二重支払を回避する法的義務がVestelに直接確保されておらず、その方法論も特定されていない点にあり、料率を含む他の側面に懸念は示されなかったという。同社は2022年3月、Duplicate Royalty Policyを改訂した。

中国:TCL、大華

TCLがAccess Advanceに対し市場支配的地位の濫用およびSEP実施料確認の訴えを提起し、2024年6月、最高人民法院がAccess Advanceの管轄違いの抗告を退けて中国の裁判所の管轄を認めた。これは管轄に関する判断であって、プール料率の実体判断ではない。中国の裁判所は、許諾意思の範囲、特許の付与地と各国分布、主要実施地、営業地、交渉地といった要素を総合して「適切な関連」の有無を見る(OPPO対シャープ(2020)最高法知民轄終517号ほか)。なお2025年8月に最高人民法院が大華・Access Advance間の紛争について示した判断は、仲裁合意があっても独占禁止法上の請求について裁判所の管轄が排除されない、という別の論点に関するものである。

米国:Roku

2025年7月22日、マサチューセッツ地区連邦地裁はRoku v. Access Advanceにおいて、プールのグローバルFRANDレートを設定する管轄を否定した。その後Dolbyは2025年11月にミュンヘンで仮差止めを得、Rokuは2026年1月8日にDolbyと和解してHEVC AdvanceとVDPの両プールに加入した。実施者がレート決定を求めて提訴しても、他法域の差止請求が先に効けば、プール加入という結着に至る場合がある。


※ Tesla事件は特許裁判所に差し戻され、Snapの事件も提訴段階にある。いずれも実体判断は今後に委ねられる。本稿の記述は公開資料に基づくものであり、訴状の内容が確認できていない部分については断定を避けた。


参考資料

・拙稿ブログ「Avanciプールレートは FRAND か ― 英国最高裁が提起した課題(Tesla v IDC & Avanci in UKSC)」 https://ipr-study.wixsite.com/sep-research-japan/post/avanciプールレートはfrandか-英国最高裁が提起した課題-tesla-v-idc-avanci-in-uksc

・英国最高裁「Tesla, Inc and another v InterDigital Patent Holdings, Inc and others」[2026]UKSC 27(判決・プレスサマリー・審理映像) https://www.supremecourt.uk/cases/uksc-2025-0058

・Kluwer Patent Blog(Naomi Hazenberg / Patrick Newlands, Bristows LLP)「Opening the Door to Pool Determination: Tesla v InterDigital and Avanci」(2026年7月28日) https://legalblogs.wolterskluwer.com/patent-blog/opening-the-door-to-pool-determination-tesla-v-interdigital-and-avanci/

・Vestel Elektronik Sanayi Ve Ticaret A.S. & Anor v Access Advance LLC & Anor[2021]EWCA Civ 440(BAILII)https://www.bailii.org/ew/cases/EWCA/Civ/2021/440.html

・Bird & Bird「English Court of Appeal dismisses 'free-standing' FRAND declaration claim」 https://www.twobirds.com/en/insights/2021/uk/english-court-of-appeal-dismisses-free-standing-frand-declaration-claim

・JUVE Patent(Konstanze Richter)「Access Advance licence is non-FRAND, rules Regional Court Düsseldorf」(2022年1月6日) https://www.juve-patent.com/cases/access-advance-licence-is-non-frand-rules-regional-court-dusseldorf/

・方達律師事務所「専利池或専利許可平台司法管轄権的全球最新進展」(2025年3月18日、TCL対Access Advanceおよび英国控訴院判決の分析) https://www.fangdalaw.com/content/print32_8725.html

・Access Advance(当事者公表)「Access Advance Licensor Sues Snap Inc. for AV1 and HEVC Patent Infringement」(2026年3月24日) https://accessadvance.com/2026/03/24/access-advance-licensor-sues-snap-inc-for-av1-and-hevc-patent-infringement/

・Access Advance(当事者公表)「Federal Court Dismisses Roku Lawsuit Against Access Advance」(2025年7月28日) https://accessadvance.com/2025/07/28/federal-court-dismisses-roku-lawsuit-against-access-advance-declines-to-set-global-patent-pool-pricing/

・Michael MA(PRIP)「VDP Pool Faces First Challenge as Snap Sues Dolby, Access Advance in UK Court」(2026年7月15日、Snapの提訴事実) https://michael7924.substack.com/p/vdp-pool-faces-first-challenge-as

 
 
 

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