AIはSEP必須判定をどこまでできるのか AI in SEP Essentiality Testing: Strengths and Structural Limits
―― 特許情報フェア(PIFC)での登壇と、三社のSEP必須鑑定テストが示したもの
September 23, 2026 by Toshi Futamata
2026年9月18日、特許情報フェア&コンファレンス(PIFC)において、「知財AI、結局どれを使うべきか ―― 汎用・自社・特化AIの使い分け」と題するセッションが開催された(11:35〜12:15)。登壇者は、XLSCOUTのKomal Talwar氏とHiroyo Clemente氏、そしてゲストスピーカーの私、二又俊文の3名である。汎用AI・自社AI・特許特化AIをどう使い分けるかという実務的な問いを扱うなかで、私はSEP(標準必須特許)の必須性評価を題材に、「AIと人間の協働」が実務上どのような意味を持つのかを、独立した専門家の立場からお話しした。本稿はその内容をまとめたものである。
東京地裁という参照点と、三社の独立分析
題材としたのは、日本特許6401224号(LTEのPHICHマッピングに関する特許)である。この特許は、日本で初めてSEP侵害に基づく差止めを認めた東京地裁判決(2025年6月23日、Pantech対Google)で、必須と認定された。この判断は「分析の一つ」ではなく、司法が下した独立の参照点である。
この参照点に対して、三つの調査会社が同じ特許を分析した。一社は専門家のみによる分析(AI不使用)を行ったインド企業、一社はXLSCOUTの人間+AIの伴走型、一社はAI単独による分析を行った米国企業である。三社はいずれも東京地裁と同じ結論――必須性あり――に至り、同じ規格条項を根拠とした。
「正しい結論」と「頑健な結論」は別物である
だが、正しい結論に至ることと、その結論が敵対的な検証に耐えることは別問題である。それを最も鮮明に示すのが、同特許のなかのm'(エムプライム)というパラメータである。
クレームは信号が「どのPHICHグループに属するか」の特定を求めるが、標準規格はそのグループ番号を直接定義していない。両者は定義のレベルで食い違う。ここは本来、「慎重な検討を要する」とフラッグを立てるべき箇所である。
三社とも、AI単独の分析も含め、この点を正しく推論し、東京地裁と同じ機能的等価性の結論に至っていた。差があったのは推論そのものではなく、その推論の結果をチャート上でどう示していたかである。インド企業とXLSCOUTの分析は、m'を「通常CPという条件のもとで成り立つ解釈的判断」として、他の文言一致とは区別して示した。これに対しAI単独分析のチャートは、この判断を他のすべての認定と同じ「strong」という表示で並べ、前提となる通常CPの条件も明示していなかった。そのため、チャートだけを見る読者には、この認定が他とは異なる種類の推論に基づくものであることが伝わらない構成になっていた。
真の教訓――専門性が生きるのは、正しさそのものよりも、何をどう見せるかにおいてである
素朴に考えれば、AIの弱点は推論そのものにあるように思える。しかし今回のケースは、その見立てを裏付けなかった。推論自体は健全だったからである。
AI単独分析には、次の三つの提示上の問題が見られた。
1)解釈的な判断を要する場面では、本来「さらなる検討を要する」というフラッグを立てるべきだったが、他の文言一致とまったく同じ「strong」という表示に置いたこと。
2)その判断が成立する適用条件(通常CP)を明示していなかったこと。
3)規格書中に画像として存在する数式について、システム内部ではすでに解析済みであったにもかかわらず、それをチャートに見える形で提示しなかったこと。
いずれも、推論能力の限界ではなく、成果物として何を前面に出すかという、提示・開示の設計に起因する問題である。重要だったのは、どの認定について前提条件を明示すべきか、どの認定を通常の文言一致と視覚的に区別すべきか、という判断であり、これはまさに専門性の出番である。XLSCOUTの人間+AIの伴走型ワークフローが成果を上げたのは、この点においてである。同社の成果物は、交渉や訴訟に耐えるべきチャートが備えるべき姿を、すでに備えていた。共著論文で提示した三段階の方法論(スクリーニング/マッピング/専門家検証)は、まさにこの判断を制度化したものである。
したがって、理想型は単純な「AIが提案し、人間が判断する」ではない。正しく推論するAIと、その推論のどの部分を、どのように表に出すべきかを決める、人間が設計したワークフローとの組み合わせである。この特許で最も難しい論点であったm'において、XLSCOUTの伴走型モデルは、すでにその答えを体現していた。
補足――標準は進化し続ける
最後に一点補足したい。標準規格は継続的に進化する。今回題材としたのはLTEの比較的単純な数式を含むSEPだが、5G、5G-Advanced/6Gへと進むにつれ、発明の実体はますます数式そのものに宿り、検証の性質も変わる傾向がある。とりわけ6Gでは無線設計自体にAIや最適化の手法が組み込まれ、発明が「手順」ではなく「数式・目的関数」で定義される場面が増える。数式の重要性は一層高まるとみてよい。
さらに。通信規格は後方互換性を前提とし、4G、5G、6Gと、前の標準の上に次の標準を積み重ねてゆく構造を取る。SEPを評価する側も、世代から世代へとたどりながら継続的に評価を積み上げていかねばならない。ある時点・ある世代だけを切り取った評価は、時とともに古びる。評価の信頼性とは、一度の精度ではなく、世代をまたいで更新され続ける仕組みの上に成り立つ。
さらに詳しく知りたい方へ
本稿で取り上げたxlscoutとの共同トライアルは、LES-Jニュース(2026年6月号)に論文として掲載したものである。より詳しい方法論・定量分析をご覧になりたい方のために、LES-Jの許諾のもと、その論文PDFを本稿に添付する。あわせて、PIFC当日のXLSCOUTの発表資料も同社のご厚意でPDFを添付する。
・LES-J NEWS掲載論文(2026年6月号) [PDF添付]
・xlscout Presentation at PIFC 発表資料 [PDF添付]

なお、今回のAIを用いた検証および共著論文(LES-Jニュース)の作成にあたり、xlscout社との金銭の授受は一切なく、利益相反はないことを申し添えておく。
最後に貴重な機会をくださったXLSCOUTの皆様に感謝申し上げる。

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