Non-SEPs―Qi無線充電紛争が示すもの Qi Wireless Charging Disputes: Non-SEPs and the Reach of FRAND
- Toshi Futamata
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August 17, 2026 by Toshi Futamata
Philips v. Belkin(UPCミュンヘン支部、2024年9月13日)/Philips v. Baseus(UPC-CFI-0002719/2026、2026年7月28日提訴)
SEPをめぐる紛争は通信規格を舞台とすることが多いが、無線充電規格Qiに関する一連の紛争は、それとは異なる位相を示している。Qiには有線充電をはじめとする代替手段があり、規格を実施しないという選択が現実に可能である。この規格の代替性は、実施者にとってFRAND抗弁の前提を崩す一方、権利者にとっても差止の実効性を左右する。権利者側の実務がこの条件下でどう組み立てられているかを追うことには意味がある。
事実関係
Philipsは、Qi無線充電標準に必須と宣言された特許EP2867997(“Wireless Inductive Power Transfer”)を用い、2024年9月13日、UPCミュンヘン支部においてBelkinに対する恒久的差止命令を得た。UPC発足後、SEPについて本案判断が下された最初の事例である。差止命令の対象国は独国内の一部被告を除く欧州複数国に及び、UPC控訴裁判所も2025年10月3日、大筋でPhilips勝訴を維持している。
この経緯を踏まえ、Philipsは2026年7月28日、同じEP2867997に基づき、深圳のBaseus Technologyおよびその関連会社をUPCミュンヘン支部に提訴した(事件番号UPC-CFI-0002719/2026、公開は8月14日)。Baseusは無接点充電製品の世界販売台数で2021年から2023年まで三年連続首位とされる中国の消費者向け電子機器企業である(Frost & Sullivan調べ)。本件は提訴段階にあり、本案の帰趨は今後に委ねられる。
位置づけ
公開資料で確認できる限り、Philipsは同一特許EP2867997を用いて2025年6月にもAnker Innovationsを提訴しており(UPC_CFI_524/2025、口頭審理は2026年10月9日予定)、Baseus提訴はこれに続く対象拡大とみられる。LG Electronicsも2026年4月、別途Ankerを提訴しており(UPC_CFI_0001182/2026、Qiプール登録特許EP3972088)、Qiを舞台とするUPC提訴は少なくとも4件を数える。
これら被告はいずれも、Via LAのQiプールのライセンシー一覧に登載されていない。同プールは19社の必須特許を束ねたもので(Philips、LG Electronics、LG Innotek、Panasonic、Bosch、Siemens、Sony、Intel、Canon等)、受電機器は1台あたり0.20米ドル、送電機器は搭載数に応じ0.25〜0.85米ドルとされる。

Philips v. Belkin と Philips v. Baseus の当事者構造(公開資料で確認できる範囲)
一.規格の代替性とFRAND抗弁の射程
独占禁止法上のFRAND抗弁は、権利者が関連市場で支配的地位にあることを前提とする(Huawei v. ZTE、CJEU、2015年)。ここで問われるのは特許の属性ではなく、規格そのものに代替性があるかである。Qiには有線充電や独自方式という代替があり、必須性がただちに支配的地位を基礎づけない。Belkin事件で同抗弁が主張されなかったのはこのためである(Pinsent Masons解説、EPLAW事案要旨)。
二.Philipsのライセンス設計――FRANDが及ぶ範囲と及ばない範囲
Philipsは、Via LAのQi Wireless Power Patent Portfolio Licenseの主要ライセンサーである一方、自社でも直接ライセンスの窓口を持つ。Philips窓口では、Qi必須特許(SEP)のみ、非必須の実装特許(Non SEP)のみ、両者を含む全ポートフォリオという三つの契約類型が用意されている(Philips公表資料)。全ポートフォリオは1,200件超の登録特許を擁し、Broadcom、Panasonic、Sanyo等から取得した特許も含む。
注目すべきは料率の扱いの非対称である。必須特許のみの類型は料率が公表されており(受電機器1台あたり0.12米ドル、送電機器0.15米ドル)、5ワット以下の完全準拠受電機器は無償とされる。これに対しPhilips全ポートフォリオの料率は公表されず、個別交渉に委ねられている。FRAND誓約が及ぶのは必須特許の部分だけであり、規律の及ぶ範囲は公表・定額、及ばない範囲は非公表・交渉という設計になっている。
なお、Belkin・Anker・Baseusへの提訴で用いられたEP2867997は、Via LAプールの対象特許一覧にもSEPとして収録されている(2026年8月1日版)。実施者から見れば、この特許はプール経由でも自社窓口経由でも取得しうる。
まとめ――なぜ主要ライセンサーが訴訟を続けるのか
Philipsは既にプールの主要ライセンサーであり、訴訟に用いたEP2867997もプールに収録されている。実施者がプールライセンスを取得すれば当該紛争は解決するはずである。それでも提訴が続く理由は、二段階で説明しうる。
第一に、取り分の差である。受電機器で見れば、プール全体の料率0.20米ドルに対し、Philips単独の料率は0.12米ドル、すなわち全体の6割に相当する。19社で按分するプールでPhilipsの取り分がこの水準に達するとは考えにくく、自社窓口の方が実入りは大きい。
第二に、より重要と思われるのが契約類型の差である。訴訟で用いられているのは必須特許だが、必須特許のみの契約は料率が公表され、FRANDの規律に服する。
これに対し全ポートフォリオ(SEP+Non SEP)契約は非公表であり、交渉の余地が大きい。差止のリスクを背景とした交渉が、FRANDの規律が及ばない範囲を含む契約へ実施者を導く経路として機能している可能性がある。SEPを入口としながら、実質的な争点は非必須特許を含む商業条件にあるという構図であり、SEP紛争を特許法と競争法の枠内でのみ捉えることの限界を示していよう。
もっとも、和解が実際にどの契約類型に落ち着いたかは公表されていない。全ポートフォリオ契約の提示が、規格の代替性ゆえに必須特許のみでは交渉力が乏しいという権利者側の事情の反映にすぎない可能性もある。断定はできないが、料率の公表・非公表がライセンス設計の分岐点になっているという事実自体は、規格の代替性が高い分野の紛争を読む上で押さえておく価値がある。
参考――関連するQi SEP訴訟
Philips v. Anker(UPC_CFI_524/2025、2025年6月提訴、口頭審理2026年10月9日予定)/LG Electronics v. Anker(UPC_CFI_0001182/2026、2026年4月8日提訴、EP3972088)/LG Innotek v. Anker(UPC-CFI-0001484/2026、2026年4月30日提訴、非SEP特許EP3393051)/Powermat v. Anker(後日和解)。いずれも公開資料で確認できる範囲の情報である。
※ Philips v. Baseusは提訴段階にあり、本案の判断は今後に委ねられる。ライセンサー構成・料率は2026年8月時点の公表資料により、変動しうる。訴訟の狙いおよび和解の落着点に関する本稿の見立ては公表条件からの推論であり、当事者の意思や実際の契約内容を確認したものではない。
参考資料
・EPLAW Patent Blog「UPC - Philips v. Belkin」 https://www.eplaw.org/blog/detail/upc-philips-v-belkin/
・Pinsent Masons「UPC: Philips succeeds against Belkin in first full SEP decision」 https://www.pinsentmasons.com/out-law/news/upc-philip-succeed-against-belkin-first-full-sep-decision
・Via Licensing Alliance「Qi Wireless Power」licensing program(公式サイト。料率・ライセンサー一覧) https://www.via-la.com/licensing-programs/qi-wireless-power/
・Via Licensing Alliance「Qi Wireless Power Attachment 1」対象特許一覧(2026年8月1日版) https://www.via-la.com/wp-content/uploads/2026/08/Final-August-1-2026-Qi-Wireless-Power-Attachment-1.pdf
・Philips「Wireless Power IP Licensing」(公式サイト、自社直接ライセンス条件) https://www.philips.com/a-w/about/innovation/ips/ip-licensing/programs/wireless-power.html
・LexisNexis IP「Who Leads the Qi Wireless Charging Patent Race?」 https://www.lexisnexisip.com/resources/stories/qi-wireless-charging-patent-leaders/
・Michael's Substack「Philips Takes Chinese Firm Baseus to UPC Munich Over Qi SEP Infringement; Apple Joins Qi Patent Pool」(2026年8月14日) https://michael7924.substack.com/p/philips-takes-chinese-firm-baseus
・Michael's Substack「Philips Drags Anker to UPC on Qi SEP Claims」(2025年8月10日) https://michael7924.substack.com/p/philips-drags-anker-to-upc-on-qi



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