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Pantech v Google 大阪地裁 判決文公開 Pantech v Google Judgement of Osaka District Court announced

By Toshifumi Futamata on Oct.28, 2025


~FRAND交渉をめぐる大阪地裁判決と東京地裁判決の分岐~


2025年4月23日、大阪地方裁判所第26民事部は、PantechがGoogleに対して提起していた特許権侵害差止請求事件(令和5年(ワ)第7855号)について、原告の請求を棄却する判決を言い渡した。本判決全文が裁判所ウェブサイト上で公開されている(PDF添付)。https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-94591.pdf


松阿弥隆裁判長は判決で、「原告の差止請求権の行使は権利濫用に当たり、その余の点について検討するまでもなく理由がない」と明言した。


1.大阪地裁・東京地裁の対照的判断

Pantech v. Google事件は、東京地裁(Pixel 7を対象)と大阪地裁(廉価版Pixel 7aを対象)に係属し、並行して審理された。両社の係争は4G(のちに5Gも加わる)通信規格SEPのグローバルライセンス条件をめぐるもので、同一の4G-LTE規格SEP1件が行使された。しかし、両者の審理対象期間の相違により、東京地裁は差止請求を認容、大阪地裁は棄却と、正反対の結論に至ったことが注目されている。


2.交渉経緯(主なマイルストーン 2020~2025年)

  • 2020年7月:Googleがライセンス受領意思を表明、NDA交渉開始

  • 2021年1月:Pantechがライセンス概要書を提示(NDA未締結)

  • 2021年2~6月:クレームチャート順次開示

  • 2021年7月:Pantechが5G規格対応特許のライセンス提案

  • 2022年3月:Googleが対案提示(実質的進展なし)

  • 2022年8月:東京地裁に仮処分申立

  • 2023年8月:東京・大阪両地裁に提訴

  • 2023年11月:大阪地裁が「ライセンス意思の有無」を判断する基準時を11月末と指定

  • 2024年7月:東京地裁が和解勧告。双方応諾姿勢を示す。

  • 2024年12月:東京地裁はGoogle案を不誠実と評価。訴訟上の和解協議打ち切り

  • 2025年3月:東京地裁で口頭弁論終結

  • 2025年4月:大阪地裁で口頭弁論終結

  • 2025年6月:東京地裁判決(請求認容)

  • 2025年7月:大阪地裁判決(請求棄却)


3.大阪地裁の判断(差止請求棄却)

大阪地裁は、Googleが誠実にライセンス交渉を進めていたと認定し、Pantechの差止請求を棄却した。


主な判断ポイントは以下のとおり。

  • Googleは条件提示、クレームチャートの検討、対案提示など具体的行動を取っており、交渉姿勢に誠実性が認められる。

  • PantechはGoogleの対応を「不誠実な遅延」と主張したが、裁判所はこれを退け、むしろPantech側の具体的なフィードバック不足を指摘。

  • FRAND条件の内容についても「なお検討の余地がある」とし、原告主張の具体性・誠実性の欠如を理由に、差止請求権の行使を権利濫用と判断した。

  • 「ライセンスを受ける意思」の有無は2023年11月末までの交渉経緯を基準に評価。


4.東京地裁の判断(差止請求認容)

東京地裁は、2024年7月以降の和解期日におけるGoogleの交渉態度を重視した。裁判所主導の和解協議において、Googleが製品ごとの販売額・台数の開示を拒絶し続けたことを問題視。

東京地裁は、これを「ライセンスを受ける意思がない」と認定し、2025年6月23日、日本初のSEP差止認容判決を言い渡した。


5.両地裁の分岐要因 ― 審理対象期間の相違

両裁判所の結論が分かれた最大の要因は、両裁判所がGoogleの「ライセンスを受ける意思」の有無を判断したFRAND交渉期間が異なることにある。

 

東京地裁は、その口頭弁論終結時(2025年3月)までの交渉経緯全体を考慮して「ライセンスを受ける意思」の有無を判断したのに対し、大阪地裁は、東京地裁の翌月に口頭弁論が終結したにもかかわらず、2023年11月末時点までの交渉経緯に限定して判断し、2024年7月以降の東京地裁における和解協議は審理対象外とされた。

 

民事訴訟法上、裁判所は原則として口頭弁論終結時までの全事情を考慮すべきとされており、大阪地裁の期間限定的判断はきわめて異例である。

 

また、欧州司法裁判所(CJEU)の Huawei v. ZTE(2015) 判決以降、ドイツやUPCの判例も、FRAND意思の評価対象を「交渉開始から判決時までのプロセス全体」としている。その意味で、大阪地裁の判断枠組みは国際的潮流と整合しないといえる。


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6.FRAND交渉判断基準自体の課題

もう一点、日本のSEP訴訟全体に内在する課題を指摘したい。


日本では、2014年の Apple v. Samsung(知財高裁大合議) が現在も基本枠組みとなっており、「差止請求権の権利濫用」論理が中心である。この枠組みは欧州の競争法理と理論的には整合するものの、日本では事実認定において「実施者にライセンス意思がない」との認定が極めて慎重になされる傾向がある。「ライセンスを受ける意思がないとの判断は厳格になされなければならない」との規範が、実施者保護的に作用しているためである。


他方、海外では、CJEUのHuawei v. ZTE判決により確立した「FRAND Dance」4ステップを基礎に、権利者・実施者双方に誠実かつ具体的な交渉行動が求められる。欧州・英国・米国・中国ではSEP訴訟が着実に増加しているのに対し、日本では2014年以降、わずか数件にとどまる。こうした中で、交渉プロセス全体の誠実性を構造的に評価する仕組みが未整備なまま、上記の厳格な規範だけが継承されている点が、制度的制約として残っている。

その意味で、今回の東京地裁判決は極めて異例かつ画期的なものと受け止められている。


7.まとめ

Pantech v. Google事件は、日本におけるFRAND訴訟の転換点となる可能性を秘めている。


今後の焦点は、「ライセンスを受ける意思」とは何か、FRAND意思をいかに時系列的・動態的に評価すべきかという根本問題である。

この10年、海外では判例の蓄積を通じてFRAND法理が深化してきた。日本においても、本件を契機にFRAND判断枠組みを再検討し、国際的潮流と整合的な運用へ進むことが期待される。


Pantech v. Google事件両判決は、それぞれ控訴されていずれも知財高裁第1部に係属中であり、大合議規範がどのように進展するのかに注目が集まる。

 

 文責:二又俊文 SEP研究会 座長



 
 
 

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