Acer v. Nokia 英国控訴院判決―仲裁が動かすフォーラムの主導権 Acer v Nokia (EWCA): Arbitration and Interim Licences
- Toshi Futamata
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Jun. 15, 2026 by Toshi Futamata(長文ブログ)
Acer v. Nokia 英国控訴院判決を読む――「仲裁+暫定ライセンス」とフォーラム主導権の再配分
Acer v. Nokia は、AVC(H.264)・HEVC(H.265)の動画コーデック規格に係る SEP をめぐる大型事案であり、暫定ライセンスや仲裁との関係で、いくつもの新しい流れを示す注目すべき事件となった。
本件の事実関係と英国高等法院判決(2025年12月18日、[2025] EWHC 3331 (Pat))の詳細については、中所昌司弁護士(長島・大野・常松法律事務所)が LES Japan News(2026年3月号)に精緻な解説を書かれ、さらにその後の5月控訴審までの動向についても丁寧な UPDATE をいただいた。判決の事実認定や法律論は、ぜひそちらをお読みいただきたい。本稿は、その解説を前提として、私なりに権利者・実施者の戦略への示唆を整理するものである。
なお、中所弁護士は解説の §9(1) において、控訴院が、裁判所間の対立緩和や当事者間の仲裁合意の促進という観点から、Nokia の仲裁提案を根拠に高等法院判決を覆し、宣言を取り消す可能性に言及していた。控訴院は結論としてこの可能性に沿う判断を下したが、その理由づけは、対立緩和そのものよりも、Nokia の調整可能ライセンス(Adjustable Licence Offer)の提案自体が RAND であるという点に置かれた。
1. 原審と控訴審で評価が逆転した
ごく簡単に構図だけを確認する。
• 高等法院(2025年12月18日):Nokia の仲裁提案は受諾可能な RAND オファーにあたらず、Nokia は RAND 義務に違反しているとして、暫定ライセンスに関する宣言を認めた(実施者寄り)。
• 控訴院(2026年5月12日、[2026] EWCA Civ 564):Nokia の「仲裁廷が最終的に RAND 条件を決定するまでの間、暫定的なグローバル・ライセンスを付与し、その条件を裁定に従って調整する」という提案(Adjustable Licence Offer)を、受諾可能な RAND オファーと評価。Nokia は義務を遵守しているとし、Acer・ASUS がこれを拒絶する場合、英国での料率決定請求は成功の現実的見込みを欠くとして、手続を停止(case management stay)し、高等法院の暫定ライセンス宣言を取り消した(権利者寄り。主たる判断は Arnold 裁判官、Peter Jackson・Zacaroli 両裁判官同調)。
• 補充判決(2026年5月18日、[2026] EWCA Civ 604):主判決(564)は、争点となった条項(実施者に対し、自社 SEP のクロスライセンス紛争まで同じ仲裁への付託を求める条項)について、Nokia の立論がその条項に依存しないとして、判断を留保していた。補充判決(604)は、この留保された条項を取り上げ、RAND ではないと判断したうえで、手続停止を Nokia が当該条項を削除することを条件とした。いわば、Nokia が英国訴訟の停止(=回避)を得るために支払うべき「対価」の範囲を画したものといえる[1]。
評価軸が「権利者が義務を尽くしたか」から「実施者が受諾可能な解決手段(仲裁)を拒んでいないか」へと移り、原審と控訴審で結論が反転した――これが本件の構図である。
なお、当事者の状況を補足する。Hisense は控訴審に先立ち、2026年初めに Nokia とライセンス契約を締結して紛争を終結させた。これに対し Acer・ASUS については、本件控訴院判決により英国での RAND 料率決定手続が恒久的に停止され、2026年6~7月に予定されていた RAND トライアルも取り消されたが、両社と Nokia との全面和解や仲裁提案の受諾が成立したとの報道は、本稿執筆時点では確認できていない(紛争は独・UPC・米・印・ブラジル等の他法域に残り、本件控訴院判決は和解または仲裁受諾への道を開くものと評価されている)。
2. 本質は「フォーラム・コントロールの再配分」
私が本判決の実務的な核心と考えるのは、「仲裁+暫定グローバル・ライセンス」の申出が、実施者による英国でのグローバル料率決定請求を停止させる手段になったという点である。すなわち、料率決定フォーラムの主導権が、実施者の側から権利者の側へと振れた。
以下、権利者・実施者それぞれの観点から、簡潔に示唆を整理する。
権利者への示唆
• 仲裁+暫定ライセンスの申出は、実施者申立て型の英国 FRAND 訴訟を止める「定石」になり得る。料率決定を公開の法廷の外に置き、比較可能なベンチマークを残さずに済む利点がある。
• ただし、申出は「クリーン」でなければならない。実施者自身の SEP を仲裁に抱き合わせる条項は使えない(5月18日判決)。自社も実施者である権利者と、NPE 型の権利者とで、使い勝手が分かれる。
• 英国を止めても、UPC・ドイツ・インドの差止フォーラムは残る。英国の停止と他地域での差止圧力を組み合わせた全体設計が、実施者を仲裁の受諾へと動かす梃子になる。
実施者への示唆
• 英国を「中立的なグローバル料率決定フォーラム」として用いる戦略は、脆弱化する。仲裁を拒めばフォーラムを失い、加えて unwilling licensee と評価されるリスクを負う。
• 争点は、当該仲裁オファーが真に RAND 等価かへと移る。対象範囲(とりわけエンコーディング・クレームの扱い)、仲裁地・仲裁人の選任・守秘、必須性/有効性の判断機会などが、その検証の的となる。
• 「暫定ライセンスを伴わない単なる仲裁提案」との差異を突くこと、5月18日判決を盾に自社 SEP の取込みを拒むことが、防御の鍵になる。
3. 残された問い――本案と仲裁の境界
私がなお関心を持つのは、本案訴訟と仲裁との関係である。仲裁提案がどの程度の内容であれば暫定ライセンスは認められず、紛争が仲裁へと移行するのか。本件は「仲裁+暫定ライセンス」という手厚い提案であったが、その閾値はなお明確とはいえない。中所弁護士も指摘されるとおり、「暫定ライセンスを伴わない単なる仲裁提案」が同様に扱われるかは控訴院では判断されておらず、ここは今後の重要な論点になると思われる。
4. むすび――英国の FRAND 訴訟は「下火」になるのか
中所弁護士は、本判決を契機として、英国におけるグローバル FRAND 料率決定訴訟が下火になっていく可能性を指摘される。説得力のある見立てであるが、私はそこまで断定してよいか、なお迷いがある。そうなるのかもしれないし、そうならないのかもしれない。
私としては、もう少し控えめに――本判決は、英国を実施者にとっての「グローバル料率決定の駆け込み寺」とする流れに歯止めをかけ、紛争解決の重心を(権利者主導の)仲裁へと移す可能性がある――という見方が穏当ではないかと考えている。実施者がこの流れにどう対応し、権利者がどこまでこの「定石」を使いこなすかによって、英国訴訟の行方はなお変わり得ると見ている。
判決文(原文へのリンク)
• 英国高等法院 [2025] EWHC 3331 (Pat)(2025年12月18日、Mellor 裁判官)── 原文(The National Archives)
• 英国控訴院 [2026] EWCA Civ 564(2026年5月12日)── 原文(Courts and Tribunals Judiciary)
• 英国控訴院・補充判決 [2026] EWCA Civ 604(2026年5月18日)── 原文(The National Archives)
[1]補充判決は、主判決 §§85–88 で容れた「SEP 権利者は (F)RAND 条件の決定方法として仲裁と裁判のいずれかを選び得る」との命題を根拠に、Nokia は実施者に対し、その自社 SEP のクロスライセンス紛争まで同じ仲裁に付すことを強制できないとした(Arnold 裁判官は、仲裁は「英国手続が終わったところから引き継ぐ」ものであって一から始めるものではない、との Acer・ASUS の主張を容れた)。もっとも、この命題は権利者に決定方法の選択権を認めるものであり、同じ選択権が実施者の側にも及ぶか(実施者の側から仲裁を申し立て得るか)は明示されていない。筆者は、自社 SEP については実施者も選択を保持するというこの双方向性・限界ゆえに、実施者が完全に武装解除されるわけではなく、中所弁護士が UPDATE で示唆する「英国のグローバル FRAND 料率決定訴訟が下火になる」との見通しには、なお留保を要すると考える(本文「むすび」参照)。
注記:本稿のうち事実関係及び判決内容の解説は、中所昌司弁護士による LES Japan News 3月号掲載論文及び同弁護士の UPDATE に依拠しており、引用・参照した同弁護士の記述には筆者において手を加えていない。本稿は、これらを前提に、2026年5月の控訴院判決([2026] EWCA Civ 564 及び同 604)までの展開を踏まえ、筆者の見解として権利者・実施者の戦略への示唆を整理したものである。意見にわたる部分は筆者個人の見解である。
中所昌司弁護士による解説と UPDATE
中所昌司弁護士「AVC 及び HEVC 規格に係る SEP について、暫定ライセンスに関する宣言を認めた英国高等法院判決――Acer v. Nokia [2025] EWHC 3331 (Pat)」(LES Japan News, Vol.67 No.1, 2026年3月)
中所昌司弁護士による UPDATE(原文)
本論文で解説したAcer v. Nokiaの2025年12月18日付け英国高等法院判決は、AVC(H.264)及びHEVC(H.265)の動画コーデック規格に係るSEPについて、英国高等法院が暫定ライセンスに関する宣言を認めた点で注目される。従来、英国の暫定ライセンス関連判断はセルラーSEPを中心に展開してきたが、高等法院は、その考え方が動画コーデックSEPにも及び得ることを示した。
もっとも、2026年5月12日、控訴院は、上記の高等法院判決を一部覆す判決を下した。控訴院は、Nokiaが、仲裁廷が最終的にRAND条件を決定するまでの間、暫定的なグローバル・ライセンスを付与し、その条件を仲裁廷の判断に従って調整するというライセンス案を提示していたことを重視し、当該提案は受諾可能なRAND条件のライセンス提案であり、NokiaはRAND義務を遵守していると評価した。その結果、Acer及びASUSが当該提案を拒絶する場合には、英国裁判所にRAND条件の決定を求める請求は成功の現実的見込みを欠くとして、当該請求に関する訴訟手続の停止を認め、高等法院の暫定ライセンス宣言を取り消した。
仲裁廷が最終的に(F)RAND条件を決定するまでの間の暫定ライセンスの付与を伴わない単なる仲裁提案の場合などにも同様に考えられるかは、上記の控訴院判決では判断されていない。もっとも、今後、SEP権利者が、本件におけるNokiaの提案と同様の仲裁の提案を行った場合には、実施者が原告としてグローバル(F)RAND料率の決定を求める英国訴訟について、本件と同様に手続停止が認められると考えられる(ただし、上記の控訴院判決後に下された、補充的な2026年5月18日付け控訴院判決により、Nokiaの仲裁提案のうち、Nokiaが、Acerらの有するSEPの権利行使を停止させて、仲裁の対象に含めることを求め得ることとする条項は、削除される必要がある。)。そのため、本件の控訴院判決を契機として、今後は、英国におけるグローバル(F)RAND料率決定訴訟が下火になっていく可能性がある。
なお、暫定ライセンスに関連して、本論文78頁でも触れたSamsung v. ZTE事件の2025年10月31日控訴院判決については、
別途、当職(中所)が執筆した論文「中国裁判所にグローバルFRAND条件の決定を求めるSEP権利者についての英国控訴院判決」が、『知財管理』誌2026年6月号に掲載されている。(引用終わり)


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