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EU競争法ガイドライン改訂――EUはSEPをどう扱ったか After Article 101, Now Article 102: How the New EU Guidelines Treat SEPs

8 時間前
読了時間: 9分

October 26, 2026 by Toshi Futamata


After Article 101, Now Article 102: How the New EU Guidelines Treat SEPs — Written into the Text, Absent from the Courtroom

European Commission, Guidelines on the application of Article 102 TFEU to abusive exclusionary conduct by dominant undertakings, C(2026) 6118 final, 3 September 2026


EUはこの一年、SEP(標準必須特許)をめぐって競争法の両輪を相次いで動かした。単独事業者の濫用を扱う102条では排除型濫用ガイドラインを、事業者間の合意を扱う101条では改正技術移転ガイドライン(TT Guidelines)(注1)を整えた。もっとも、これらの競争法の入口が、SEP紛争の核心にどこまで迫れるかは、なお不透明である。本稿は、新しい102条ガイドラインで、SEPがどう扱われたかを軸に、その景色を整理する。

 

欧州委員会は2026年9月3日、支配的地位の排除型濫用(単独事業者による濫用)に関する102条ガイドラインを採択した。SEP実務家の関心は一点にある。Huawei v ZTE(C-170/13)の枠組みが、新しい体系のどこに置かれたかである。 


(注1)改正技術移転ガイドライン(TT Guidelines)は、TTBER(Technology Transfer Block Exemption Regulation、技術移転一括免除規則)の運用指針である。TTBERは、特許やノウハウのライセンス契約が一定の条件(市場占有率の制限など)を満たす場合に、TFEU第101条1項の禁止規定(競争制限行為)から一括して適用除外(セーフハーバー)を受けるためのルール。

 

事実関係

ガイドラインは本文77頁、支配的地位(第2節)、濫用の一般原則(第3節)、9つの個別類型(第4節)、客観的正当化(第5節)からなる。搾取型濫用は対象外である(para 10)。正文にはFRAND、Huawei、injunctionの語が一度も現れない。SEPの語は脚注58に一度出るだけである。


1.ドラフトにはあった ― 削除されたHuawei v ZTEへの言及

2024年8月のドラフトは、供給拒絶の節で、知的財産権の行使も濫用となりうるとし、その例として、ライセンスの拒絶に加えて「知的財産権侵害訴訟の提起」を挙げていた(ドラフトpara 104)。根拠として引かれていたのがHuawei v ZTEである(同脚注249)。

"The exercise of an exclusive intellectual property right by a right-holder can also be found as liable to be abusive. This can be the case for instance in relation to the refusal to license intellectual property rights, including when the licence is necessary to provide interface information, or the bringing of an action for infringement of an intellectual property right."(ドラフトpara 104)


最終版は、ライセンス拒絶に関する部分を残しつつ(para 189)、侵害訴訟の提起に関する一文とHuawei v ZTEの引用を削除した。SEPに基づく差止請求に触れる唯一の手がかりが、最終段階で外されたことになる。最終版で侵害訴訟に関わりうるのは、訴訟手続の濫用を逸脱の強い徴表とするpara 72(ii)のみで、有効なSEPに基づく差止請求の受け皿にはなりにくい。SEPが支配的地位をもたらしうるとする脚注は、ドラフト(脚注52)から最終版(脚注58)まで維持された。2025年2月のSEP規則案撤回と合わせ、EUレベルでは「二重の撤退」が起きたとみてよい。


一部の見方では、この二重の撤退は、ブリュッセルでのSEP権利者側の強いロビー活動を反映したものとみられる。もっとも、この削除は、競争総局(DG COMP)がSEPへの関心を失ったことを意味するわけではない。


ブリュッセルの競争法弁護士 Christian von Köckritz 氏(注2)によれば、欧州委員会はドイツの裁判所に対し、Huawei v ZTEの解釈をめぐるCJEUへの再付託を促したが、裁判所は結局付託しなかった(ドイツ連邦通常裁判所のFRAND III判決やミュンヘン地裁の指針でも言及された公表情報である)。体系上の理由もある。同氏によれば、102条「排除型濫用」はそもそも競争者に向けられた濫用であり、SEPのライセンス拒絶や差止請求がこの類型にきれいに収まるのは、SEP保有者が川下市場で当該実施者と競合する場合に限られる。Huawei v ZTEはその事案だが、通常のSEP事案はそうではなく、この収まりの悪さ自体が削除の一因とも考えられる。加えて、FRANDの申出なしの差止めは排除型濫用に当たりうる一方、FRANDに反する条件の要求は搾取型濫用に分類され、ガイドラインの対象外である。もっとも同氏は、すべての実施者へのFRANDライセンスを約束した権利者が客観的正当化なくこれに反する場合には、それ自体が独立した一個の濫用類型たりうるとみる。ただしそれも、ガイドラインが列挙する「排除型濫用」の類型にはきれいには当てはまらない、という。SEPの問題は、もともとこの新しい枠組みに収まりにくい。


(注2)Christian von Köckritz 氏は、ブリュッセルを拠点とする競争法弁護士。ドイツの法律事務所Gleiss Lutzのパートナー。


2.規律は一般条項に残るにとどまる

支配的地位 ― 脚注58

"While ownership of a standard essential patent ('SEP') does not on its own equate to dominance, it may nevertheless be established that a SEP confers a dominant position based on an assessment of all the relevant factors."

102条ガイドラインは、SEPを保有すること自体は支配的地位を意味しないが、関連する諸要素を総合して評価すれば、SEPが支配的地位をもたらすと認められる場合があるとする(脚注58)。その先例として、脚注59がMotorola・Samsung・Rambusの各決定を引く。また、大手実施者がもつ「拮抗的購買力」は通常の交渉力とは区別され、それだけではSEP保有者の支配的地位を否定しない(para 37、脚注83・84)。


ライセンス拒絶 ― 「供給拒絶」ではなく「アクセス制限」

ガイドラインは、投入物へのアクセスの問題を二つに分ける。一つは厳しい「供給拒絶」の枠で、支配的事業者が専ら自己使用のために開発した投入物に限られ、不可欠性・全競争の排除・(知的財産権では)新製品の妨げという厳格な要件を満たす必要がある(para 183、185–189)。もう一つは緩やかな「アクセス制限」の枠で、契約等でアクセスの自由が制約される場合はこちらに戻り、投入物が不可欠でなくても濫用となりうる(脚注376、para 181)。第三者の利用を前提に開発した投入物へのアクセス制限も、その例とされる(para 182(b))。

FRAND宣言は、標準の実施者に使わせることを約した契約上の約束である。FRAND宣言のあるSEPのライセンス拒絶は、この枠で判断されるとみるのが自然であろう。von Köckritz 氏も、para 182(b)〜(d)は、特定の実施者へのライセンス拒絶(かつての自動車サプライチェーン議論のような場合)や、FRANDに反する条件の要求に関係しうるとする。


交渉態様 ― para 182(d)とその片面性

"(i) fails to set fair and transparent terms and conditions for access, including pricing rules, or (ii) fails to provide timely responses to requests for access or delays the start of access negotiations and the signing of contracts granting access to third parties."

FRAND交渉の語彙とほぼ重なる。ただし規律されるのは支配的事業者の側だけである。実施者にも真摯な応答とカウンターオファーを求めたHuawei v ZTEの双方向性に対し、ガイドラインでは実施者の行状は正当化の段階(para 208、脚注430)でしか現れない。


3.しかし、ガイドラインは紛争の主戦場(ドイツの裁判所・UPC)では働かない

問題は、この規律を実際に使うのは誰か、である。SEPをめぐる紛争の多くは、競争当局の場ではなく、すでにドイツの地方裁判所(ミュンヘン・マンハイム)やUPCでの特許侵害訴訟として争われる。そこがいわば主戦場である。ところが欧州委員会のガイドラインは、委員会自身の執行を方向づけるものであって、各国の裁判所を拘束しない。しかもドイツの裁判所は、これらの事案を競争法の問題としてではなく、特許侵害訴訟における「FRAND抗弁」として処理し、込み入った反トラスト上の論点には立ち入らない。von Köckritz 氏も、ガイドラインがドイツの裁判所の姿勢を大きく変えるとは見込めないとみる。同氏の見るところ、ドイツの裁判所はHuawei v ZTE以前のOrange-Book基準に戻りつつあるか、それを超えて権利者寄りである。

もっとも、同氏によれば、(実施者にとり)前向きな材料もある。ミュンヘン地裁第7民事部が2026年8月に示したFRAND指針は、多くの事案で権利者の最終オファーのFRAND性を審査する必要を認めた。同氏はこれを重要な改善と評価する。実施者がFRAND適合ライセンスを取得すれば差止めを回避できた場合に限り差止請求は102条に適合する、という立場であり、実施者の不誠実が明白な場合を除き、最終オファーのFRAND性審査は避けられないとみている。


4.料率の水準は対象外

搾取型濫用が対象外である以上、ロイヤルティ水準の当否はこの102条ガイドラインでは扱われない。para 182(d)(i)が求めるのは価格ルールの公正さと透明性であって、水準ではない。競争法が規律するのは差止という入口と交渉態様にとどまり、価格そのものは、料率決定訴訟か、当事者間の交渉・調停・仲裁に委ねられる。


5.101条の側――名指しはしたが、実装は頓挫している

対照的に、101条の側では、すでに2026年5月1日に施行された改正技術移転ガイドラインが、パテントプールのソフト・セーフハーバーの条件として、必須性評価方法の開示、二重取りの禁止、プール自身によるライセンスへのFRAND適用を明記した(第4.4節)。さらに、実施者が集団で交渉するライセンス交渉グループ(LNG)にも初めて枠組みを与えた(第4.5節)。もっとも「買い手カルテル」との線引きを示すにとどまり、セーフハーバーは置かれていない。たしかにLNGは2025年に大きな成果を挙げた――自動車LNG(BMW・VWなど)が、ドイツ連邦カルテル庁に続き欧州委員会のガイダンスレターを得た。しかしその後、実務では一種の頓挫(注3)に陥っている。SEPライセンスはグローバルであるのに、米国のDOJが2026年初めに参加メーカーを「買い手カルテル」(シャーマン法1条違反)の疑いで調査し、EUの容認とは正反対の姿勢を示したことが大きい。権利者側の反発も根強い。撤回されたSEP規則案は欧州委員会産業総局(DG GROW)の所管であった。産業政策のルートは後退し、競争法のルートでは、権利者側(プール)と実施者側(LNG)という複数当事者の仕組みだけが残った形である。

(注3)IAM誌は「お蔵入り(scrap heap)」、MLex誌は「崩壊(collapse)」と報道


6.まとめ ― 何が結論を分けるか

新ガイドラインは、SEPの名指しを外し、規律を一般条項(アクセス制限とpara 182)に残した。しかし、その一般条項が働く場は、SEP紛争の主戦場には乏しい。条文の上では規律が残り、実務の上では撤退している。「二重の撤退」は、そのように読むのが実態に近いであろう。

結局、102条のルート(単独事業者の濫用の規律)は、条文に書かれても主戦場では働かない。101条のルート(事業者間の合意の規律)が具体的なルールを得たのも、プール(権利者側の集団)やLNG(実施者側の集団)といった、誰と交渉するかという「枠組み」の側にとどまる。差止めの可否、FRAND料率、誠実交渉の判定という紛争の核心に、競争法がどのように関わるかは、なお不透明である。核心の判断は各国の裁判所に委ねられ、その答えは分かれる。だからこそ、訴訟に加えて交渉・調停・仲裁という複数の選択肢を当事者が持つ意味は、いっそう大きい。


※ 本稿はガイドライン正文(C(2026) 6118 final)に基づく筆者の整理である。2024年ドラフトとの比較は、意見募集時に公表されたドラフト原文による。欧州委員会のドイツの裁判所への働きかけ、体系上の整理、ドイツの裁判所の運用に関する評価は、Christian von Köckritz 弁護士の見解による。技術移転ガイドラインの内容は法律事務所の解説による。


参考資料

Photo: Unsplash, Alexandre Lallemand
Photo: Unsplash, Alexandre Lallemand

・European Commission, Draft Guidelines on exclusionary abuses (2024年8月、意見募集ページ) https://competition-policy.ec.europa.eu/public-consultations/2024-article-102-guidelines_en

・CJEU, Huawei v ZTE, C-170/13 (16 July 2015) https://curia.europa.eu/juris/liste.jsf?num=C-170/13

・Cooley, Europe's New Tech-Licensing Rules: Evolution, Not Revolution(2026年5月21日) https://www.cooley.com/news/insight/2026/2026-05-21-europes-new-tech-licensing-rules-evolution-not-revolution

・European Commission, Informal guidance letter on the Automotive Licensing Negotiation Group, C(2025) 4526 final(2025年7月9日)https://ec.europa.eu/competition/antitrust/cases1/202536/AT_40979_104.pdfhttps://www.cooley.com/news/insight/2026/2026-05-21-europes-new-tech-licensing-rules-evolution-not-revolution

 
 
 

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