Pantech v Google和解に見る日本型SEP訴訟解決 A Japanese Model of SEP Dispute Resolution: The Pantech v. Google Settlement
- Toshi Futamata
- 2 日前
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更新日:11 時間前
Dec 21 2025 by Toshi Futamata
English text: https://www.linkedin.com/pulse/japans-sep-litigation-entering-turning-point-toshifumi-futamata-rptrc
2024年12月18日、Pantech対GoogleのSEP(標準必須特許)を巡る訴訟は、東京地方裁判所において裁判上の和解(注)として終結した。
(注)和解調書として作成され、確定判決と同一の拘束力・執行力を有する。
1.事実関係(12月18日和解の概要)
和解の詳細条件(ロイヤルティの具体額・料率、対象製品の範囲、過去実施分の清算方法など)は非公開であるが、和解の枠組みは次のとおりである。
Pantechの有する4G, 5GのSEP(標準必須特許)ライセンス
Googleは裁判所の関与の下で定められたFRANDロイヤルティをPantechに支払う
Pantechは、係属していた仮処分申立ておよびその控訴など15件をすべて取り下げる
Pixel 10までを対象とする差止請求:12件、 控訴審:2件、 ドイツにおける関連訴訟:1件
なお、今回の「(差止)仮処分申立ての認容」の理由となっていたGoogleの販売資料・販売価格は裁判所に提出された。
2.解説:今回の和解の意義をどう見るか
(1) SEP紛争の本質は「調整(coordination)」であるという見方
SEP紛争を理解する前提として、重要なのは、問題の本質が権利の有効性や実施の有無ではないという点がある。
多くの場合、
• 特許は有効であり
• 実施も事実である
という前提は争われておらず、争点は専ら「条件」——すなわちFRANDをどう定めるかにある。
結局のところ、SEP紛争とは「FRAND条件をどう決めるか」という調整の問題と見るアプローチがある。
(2) FRAND決定における裁判所の役割は一様ではない
FRANDを巡る裁判所のアプローチには複数のモデルが存在する。
英国裁判所が採用してきた契約法のもとで、Court Determined FRAND(裁判所自らがFRAND料率を確定する方式)
ドイツ裁判所あるいはUPCのように所有権侵害と競争法の審理をベースに差止の可否を判断する方式
•これに対し、今回東京地裁が採ったのは異なるアプローチ「Court Supervised Settlement(裁判所主導型和解)」という形を採用した。
すなわち、裁判官は単に当事者の主張を「聞く場」を提供する存在ではなく、FRAND算定を見据えた外部調停者(mediator)に近い役割を果たした。
(3) 裁判所が重視した要素
東京地裁は、主体的に以下の点を評価・判断していったと考えられる。
交渉経緯
情報開示に対する姿勢
手続への誠実な協力の有無
その背景には、このまま進めば、(裁判所は)「判決としてFRAND判断を書く」という明確な圧力が存在していた。
その意味で、本件和解は、SEP係争の解決に関し、日本型の一つの提案を示したものと位置づけることができるだろう。
(4) unwilling licensee 判断の射程(注)
本判決で注目されたのは、unwilling licensee(不誠実なライセンシー)評価の射程である。
中島裁判長は、本判決の傍論において、
• 交渉経緯だけを見れば、Googleを直ちにunwilling licenseeと評価していない
• その時点の交渉スタンスから、直ちにunwilling性は導けない
という趣旨を明確に述べている。
これは、欧州SEP訴訟で判例が積みかさねられてきたFRAND ダンスといわれる交渉ステップ、厳格な時間管理の運用とは、やや距離を置いた姿勢と読める。
具体的には、
裁判所主導の和解期日において
大合議判決方式をベースとするFRAND算定の枠組みを提示し
その前提として
製品別売上
出荷台数の開示、およびそれに基づく再提案を求めた
にもかかわらず、Googleが開示および再提案を拒み続けた点が決定的であった。
ここで裁判所は、
• 交渉経過だけではunwillingとは言えない
• しかし
• 裁判所の和解勧告およびFRAND評価枠組みに協力しない態度は
→ ライセンス意思の欠如を示す
と整理し、FRAND抗弁を排斥し、 差止請求を認容するに至った。
なお、今回の和解調停ではFRANDレートの算出にあたり、従来は主流であったTOP-DOWN方式(2014年知財高裁大合議判決も採用)をとっており、現在の世界的主流となっているComparable License方式(比較可能なライセンス)は採用されていない模様である。
(注) このunwilling判断部分は本判決の理由に係る話で、本判決で裁判所はGoogleが販売台数・販売額を開示せず、和解案を出さなかった点を「自らライセンス交渉の余地をなくした」として、unwillingnessの決定的要因とした 。
一方FRANDレート算出方式の話は「仮処分申立てを巡る和解」の段階の話である。
本判決ではFRAND算出方式の話は出ていない。
3.総括
今回の東京地裁における和解は、
• (英国のように)FRAND料率を判決で一方的に「決め切る」モデルでもなく
• 単なる当事者自治に委ねた和解でもない
裁判所が積極的にFRAND算定プロセスを設計し、その協力姿勢をもって当事者の誠実性を評価するという、日本型SEP解決モデルの可能性を示した事例といえる。
今後、海外SEP実務との比較の中で、このアプローチがどのように評価され、望むらくは今後SEP事案が積み重ねられ、どのように日本に定着していくのかが注目される。
補足(本件に関するITメディアの報道)
本和解については両当事者からの公式発表はないが、Google Japanは日本のメディア各社に公式ステートメントを送り、「今回の合意は、知的財産を尊重し、建設的なライセンス協議を行うという Google の長年の姿勢を明確に示すものであり、公正、合理的、かつ非差別的(FRAND)な条件での交渉に努めてきた当社の取り組みが正当であることを裏付けるものです」と自らの立場を主張している。
和解後の報道をみると、緻密な取材の上での記事を掲載掲載した日本経済新聞(韓国企業、スマホ特許紛争でGoogleと和解 東京地裁が合意 ...日本経済新聞https://www.nikkei.com › article)とは異なり、ITメディア各紙は裁判所の判断枠組みやFRAND評価のプロセスそのものよりも、差止の影響だけを消費者目線で捉える議論に傾斜している。これは、Googleが積極的にメディア対応を行った一方、Pantech側が沈黙を保っていることとも無関係ではないだろう。その結果、差止申立て自体が「消費者被害を招きかねない行為」として単純化され、SEP紛争における裁判所主導のFRAND調整という側面が十分に共有されていない印象も受ける。


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