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SEP係争における情報開示〜インド判例が示す示唆 Evolving SEP Information Disclosure: Insights from India

欧州におけるSEP判例にはもっとも注目が集まる。しかし、

欧州以外の裁判所における動向にも目が離せない。たとえばインドやブラジルなどがある。


SEP訴訟実務において重要な論点の一つにライセンス情報の開示がある。この点に関し英独でも議論が進むが、「Comparable Licenseの開示と機密情報の取扱い」について、インド・デリー高等裁判所が示した判断が興味深い。同裁判所は従来から海外の判例を熱心に咀嚼しており、自国のSEP議論に反映させようとしている。


SEP係争において、(FRANDを判断する上で)「どこまで、どのようにライセンス契約を開示させるか」という問題は極めて重要なポイントであり、日本の実務にとっても示唆に富む内容といえるだろう。


2025年9月22日付で言い渡されたデリー高裁の判例について、インドの知財実務に詳しいコンサルティングファーム AsiaWise Professionals の 奥啓徳氏 より、判決文に基づく実務的な解説を寄稿いただいた。


事案:Nokia Technologies Oy が提起した複数の SEP 訴訟(CS(COMM) 643/2025 ほか)に関するデリー高裁命令


以下は奥啓徳氏の寄稿執筆である。


インド・デリー高裁に見るSEP訴訟における Comparable License 開示の考え方

― Nokia事件を素材として ―


標準必須特許(SEP)をめぐる訴訟では、FRAND条件をどのように判断するかが常に中心的な論点となる。その中でも近年、各国で重要性を増しているのが、Comparable License(比較可能なライセンス契約)をどこまで、どのように開示させるかという問題である。


欧州ではすでにこの論点がホットイシューとなっており、米国ではディスカバリー制度の下で広範な開示が行われている。一方、日本では今後SEP訴訟が本格化するにつれ、欧州と同様に避けて通れないテーマになると考えられる。


2025年9月22日、インド・デリー高等裁判所は、Nokia Technologies Oy が提起した複数の SEP 訴訟(CS(COMM) 643/2025 ほか)において、この点に正面から踏み込む判断を示した。本稿では、この判決を素材に、インド裁判所が Comparable License の開示をどのように捉えているのかを整理する。


1. 事件の概要と問題の所在

本件は、Nokia が ASUS、Acer、Hisense らを被告として提起した SEP 侵害訴訟である。争点自体は典型的な SEP/FRAND 案件であるが、今回特に注目されたのは、訴訟手続における機密保持クラブ(Confidentiality Club)の構成と、特許ライセンス契約(PLA)の開示範囲であった。


SEP訴訟では、過去に締結された第三者とのライセンス契約が、FRAND条件を判断するための重要な比較材料となる。一方で、ライセンス契約にはロイヤルティ率、価格構造、販売地域など極めて機微な情報が含まれており、無制限な開示は現実的ではない。


この「FRAND判断に必要な透明性」と「第三者の機密情報保護」をどのように両立させるかが、本件の核心である。


2. デリー高裁の基本姿勢:開示はFRAND判断の前提

デリー高裁は、本判決において明確な立場を示した。


FRANDかどうかを検証する以上、被告は、原告が締結してきた Comparable License の全体像を確認できなければならない。


裁判所は、原告である Nokia が「どのライセンスが比較可能か」を一方的に選別することを認めず、すべての比較可能なライセンスを機密保持クラブ内で開示するよう命じた。


なお、裁判所は、「すべての比較可能ライセンスの開示」を求める被告の申立てが、当初の申立書に明示的に含まれていなかった点も認識している。それにもかかわらず、当該申立ては、求められている救済内容と密接に関連しており、かつ合理的であるとして、これを認めた。


裁判所がこのような包括的開示を命じた理由は明確である。

被告が提示された料率がFRANDであるかを自ら検証し、条件が大きく異なるライセンスを含め、すべての関連ライセンスが開示されているかを確認できるようにするためである。


3. 機密保持クラブと in-house 担当者の扱い

もっとも、開示を無制限に広げることは、第三者ライセンシーの利益を害するおそれがある。そこで問題となるのが、誰がその情報にアクセスできるのかという点である。


本件で裁判所は、被告企業の in-house(ライセンス担当者)を機密保持クラブに含めること自体は認めた。これは、過去のインド判例や、当事者間で進行しているドイツ(UPCミュンヘン等)の並行訴訟との整合性を意識した判断である。


一方で Nokia は、in-house 担当者が第三者とのライセンス交渉を一定期間行えないようにする、いわゆる「交渉禁止」の制限を求めた。しかし裁判所はこれを採用しなかった。


裁判所は、

「情報が悪用される可能性がある」という抽象的な懸念だけでは、事前に担当者の業務を制限するほどの強い措置を正当化できない、

と判断したのである。


4. 裁判所が示した「通知方式」という解決策

その代わりに裁判所が示したのが、いわゆる「通知方式」である。


すなわち、被告側の in-house 担当者が、訴訟手続を通じて第三者とのPLAを閲覧した場合、将来その第三者とライセンス交渉を行う際には、その事実を事前に相手方に開示する。そのうえで、交渉を続けるかどうかは第三者自身が判断する、という枠組みである。


これは、英国などで見られる「閲覧した担当者は一定期間交渉に関与できない」といった厳格な Undertaking 型の運用と比べると、比較的緩やかなアプローチと言える。


インド裁判所は、行動制限を先に課すのではなく、情報の非対称性を開示によって是正するという方向を選択したのである。


5. 文書のマスキング(redaction)に関する判断

本判決では、Comparable License の開示に関連して、文書のマスキング(redaction)についても重要な判断が示された。


裁判所は、原告に対し、機密文書の一部をマスキングすること自体は認めたが、それは次の二つの条件を満たす場合に限られるとした。


第一に、当該情報について、原告と第三者ライセンシーとの間で、機密として取り扱うことが合意されていること。

第二に、その情報が、FRAND料率の判断に影響を及ぼさないこと(重要条項、ロイヤルティ率、地域的範囲等を含まないこと)。


さらに裁判所は、非マスキング版の文書を封印(sealed cover)して提出することを原告に求めた。この非マスキング版は、機密保持クラブのメンバーである被告側の外部弁護士は閲覧可能である一方、被告側の in-house 担当者は閲覧できないとされた。


これにより、外部弁護士は、マスキングされた部分が不当に秘匿されていないか、また FRAND 防御の観点から関連性があるかどうかを裁判所に対して主張することが可能となる。


6. 欧州・米国との比較と実務的示唆

Comparable License の開示をめぐる考え方は、地域によって大きく異なる。


米国では、ディスカバリー制度の下で広範な情報開示が行われるため、この問題は制度的に吸収されている。一方、欧州では、開示範囲や開示方法が訴訟ごとに争われ、現在も実務が形成途上にある。


今回のデリー高裁判決は、

「人の行動制限は比較的緩やかにする一方で、情報開示は徹底する」という、インド独自のバランスを示したものと評価できる。


日本においても、今後 SEP 訴訟が本格化すれば、Comparable License の開示をどこまで認めるかは避けて通れない論点となるだろう。本判決は、その際の一つの参照例として、実務家にとって示唆に富む内容と言える。


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Photo: Unsplash, Kabita Dar

 
 
 

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