変化する中国SEP判決:福州法院SEP差止事案(VoiceAge v HMD) China's Conditional SEP Injunction: VoiceAge v HMD(Fuzhou)
- Toshi Futamata
- 1 日前
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更新日:5 時間前
事案はVoiceAgeとHMDとの間で行われているグローバルな係争において、昨年6月19日に福州中級人民法院はVoiceAge EVS v. HMDの事案において、EVS標準SEPの侵害を認定するとともに、「条件付き差止命令」を発出したものである。これは中国で4件目となるSEP差止命令(禁令)判決で、中国におけるFRAND判決の審理方法が新たな段階に達したことを示している。
本事案について、北京・思韬知識産権(SiTAO IP)の武兵(Dragon Wang)弁護士から事案解説資料をいただいたので、判決の構造と実務的含意を整理する。本事案は奇しくも東京地裁の判例における差止事案と同時期にくだされており、中国ではどのように差止命令発出を決めたかを示している。
福州中院は最高人民法院の2022年西电捷通(IWNCOMM) v Apple判決をベースとしており、どのような形で差止を認める判断をしたのか(三層評価ステップ)と、どのような形での命令をとったか(条件付き差止命令)の2点が興味深い。
詳細解説:
「審慎地开放」(注)——福州中院・VoiceAge EVS v. HMD判決が示す中国SEP差止命令(禁令)法理の新段階
(注)中国語では「慎重に開放する」の意。中国はSEP事件での禁令付与に従来消極的(=「閉鎖的」)だったが、本判決はそれを「開放」した。
「審慎地」(慎重に)」とは、無条件・即時ではなく、①当事者の交渉経緯・過失の評価、②利益衡量、③猶予期間の付与、という精緻な条件設計を経た上で、という限定を意味する。したがって全体の意味は「禁令を認めることには踏み出すが、慎重な条件設計を伴って」ということで、武兵弁護士によれば、「即時禁令でも禁令拒否でもない第三の道」を表現している。
はじめに
2025年6月19日、中国・福州市中級人民法院は、VoiceAge EVS LLC対HMD Global Oy事件において、EVS標準関連SEPの侵害を認定するとともに、「条件付き禁令」を発令する一審判決を下した。対象はHMDのNokiaブランドスマートフォン67機種である。本稿では北京・思韬知識産権(SiTAO)の武兵(Dragon Wang)パートナーが作成した案例解説資料をもとに、判決の構造と実務的含意を整理する。
事案の背景
VoiceAge EVS LLC(VAEVS)は2023年2月に福州中院に提訴した。被告のHMD Global Oyはフィンランドに本社を置き、Nokiaブランド端末を製造・販売する。Nokia とは別会社。管轄権異議の裁定を経て2024年9月に口頭弁論が行われ、2025年6月に一審判決が言い渡された。
VAEVSとHMDの対立は中国訴訟にとどまらない。ドイツ(マンハイム・ミュンヘン地裁)では一・二審ともVAEVSが勝訴し、ブラジル・米国でも並行訴訟が継続中である。HMDが2022年に欧州委員会に提起していた競争法申告は2025年5月に撤回された。また2024年3月にはHMDが北京知財法院においてVAEVSに対するFRANDレート確定訴訟を提起しており、中国内でも福州(侵害事件)と北京(レート確定)の並行審理という複雑な構図が生じている。
判決の内容——「条件付き差止命令(禁令)」の構造
判決主文の骨子は次のとおりである。判決確定後2カ月以内にライセンスが成立しない場合、HMD Global Oyは中国における当該67機種の製造を、HMD科技(深圳)は同機種の販売をそれぞれ停止しなければならない。
この条件付き禁令の法的根拠として援用されたのが、最高人民法院の(2022)最高法知民終817号判決(IWNCOMM v APPLE)である。「SEP侵害事件においては、当事者の過失・利益失衡の程度を考慮した上で附条件の停止侵害判決が可能である」という法理を示したものだ。本件はこれを正面から適用した事案として位置づけられる。裁判所は「先談判、後禁令(まず交渉、次に差止命令)」という原則のもと、HMDが交渉破綻に対して責任を負うと判断した。社会資源への損害を考慮して即時禁令ではなく2カ月の猶予期間を付与したのが「審慎地开放(慎重に開放する)」の意味するところである。
FRAND義務違反の認定——三層の評価ステップ
本判決の核心は、HMDのFRAND義務違反の認定プロセスである。裁判所は交渉行為を三つの側面から評価した。
形式面では、交渉への対応が遅延的・消極的であったこと。华为中兴案で確立された「卓球原則」(オファーへの適時の応答義務)が参照基準とされた。
実質面では、域外訴訟の一時停止を条件とした交渉提案を拒否し、長期にわたり実質的な交渉を行わなかったこと。具体的な根拠に基づく報価・反報価や、実質的内容を伴う回応が欠如していた点が問題とされた。
関連面では、SEP許可交渉のグローバル・継続的な性質に着目し、他法域での行動も含めた包括的な誠実性評価。HMDは特許法上の厳格な侵害立証フレームを持ち込んで「実測で確認されていない」と主張したが、裁判所はSEP訴訟においてはそのフレーム自体が妥当しないと判断した。「製品はEVS標準を実施している」という推認ロジックは、実際の動作テストを必要とせず、製品の技術的構成から標準実施を推定する。HMDは製品がEVS標準を実施しているという技術的事実を訴訟中に積極的に否認したがそれは不利な評価につながった。
実務上の論点
製品実施標準の立証: 裁判所はACT案で確立された「チップ→EVS対応製品」という推認ロジックを採用し、実際の動作テストで確認されなければ実施を認定しないとするHMD側の主張を排斥した。また、EVS標準が中国キャリアで広く普及していないことは、製品による標準実施の認定を妨げないとも判示した。
差止命令(禁令)の条件設計の問題: 現行の禁令発効条件は「判決生効後2カ月」だが、HMDが上訴すれば判決にカウントが始まらない。「判決言渡日から2カ月」を起点とする設計や、侵害訴訟とレート確定訴訟の一括審理 +「臨時ライセンス条件」付き禁令という代替設計も検討に値するだろう。
国際的文脈
本判決と同月の2025年6月23日、日本の東京地裁においてもPantech v. Google事件でFRANDの枠組みのもと初の差止命令が発令された。奇しくも同時期に中国と日本でそれぞれ独自の法理によるSEP差止命令が発出されたことは、SEP訴訟の重心がアジア太平洋にも確実に広がっていることを示している。
まとめ
本判決は外国企業v外国企業の事案であるが、中国がSEP/FRAND紛争における本格的な法域として成熟したことを示す事例ともみえる。中国は即時差止認容でも差止却下でもなく、交渉経緯・当事者行為・利益衡量を精緻に評価した条件付き差止命令という独自の均衡的アプローチを確立しつつある。実施者にとっては、訴訟中の交渉態度——形式・実質・他法域での行動——が判決の命運を左右するという重大な警告を発している。今後はHMDによる最高人民法院への上訴と、北京でのFRANDレート確定訴訟の展開を合わせて注視する必要がある。
参考記事(中国における3つの差止判決事案)
案件 | 案号 | 判決時期 | 差止類型 |
西电捷通 vs SONY | (2015)京知民初字第1194号 | 2017年3月22日 | 差止認容(二審維持)損害賠償910万元、約1.8億円 |
(2017)京民终454号 | |||
Huawei vs Samsung | (2016)粤03民初816、840号 | 2018年1月4日 | 差止認容(和解) |
西电捷通 vs Apple | (2016)陕民初10号 (2022)最高法知民终817号 | 2021年12月30日 | 差止認めず(理由:専利満了)、ただし損害賠償を認める(1億4300万元、約29億円) |

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