「日経記事_英国判例」にまつわる二つの誤解を解く Nikkei Article Two Misreadings of the UK Ruling
更新日:4 時間前
October 6, 2026 by Toshi Futamata
日経記事の紹介
日本経済新聞は2026年10月4日の電子版および10月5日付朝刊で、コネクテッドカー向けSEPのライセンス料を扱う記事を掲載した(つながる車の特許使用料は高すぎるか)。紙面の見出しは「特許使用料は高すぎるか」、袖見出しは「つながる車、テスラ訴えに英裁判所が判断へ」である。
要旨は次のとおり。アバンシは5GのSEPをライセンスするプラットフォームを運営し、90社以上の特許権者が参加する。ライセンス料は1台あたり32ドル(一回のみのロイヤルティであり、毎年継続するものではない)。テスラは、アバンシの使用料が高すぎるとして適正な使用料の認定を求め、2023年に英国で提訴した。被告はアバンシと、ライセンス業務を委託している権利者のインターデジタルである。7月の英最高裁判決は裁判管轄をめぐる争いに対するものであり、二審まではアバンシ側が勝訴していたが、最高裁は一転して審理を差し戻した。記事はこれを「今後、特許裁判所が実際のFRAND料率を認定する見込みだ」と記す。続けて、日本の自動車メーカーの談話、松永章吾弁護士の「現状より低く認定する可能性は十分にある」との見方、鈴木将文教授の「アバンシは裁判所が認める料率に従わざるを得ないだろう」「他国については英国判決の承認・執行を求めることも考えられる」との見解を並べ、最後に独ミュンヘン地裁第7民事部のFRAND指針がアバンシに有利な考え方を打ち出したことに触れ、各国の裁判所が紛争の解決地の地位を争っている、と結ぶ。

Photo: Tesla Fans Schwiez
二 ありがちな二つの誤解
記者は記事の個々の記述に、「英国裁判所の判断がアバンシに対してどこまで強制力を持つかは不明だ」とあり、「判決の法的効力は英国外には及ばない」と留保をおいており、正面から誤りといえる箇所は多くないので、記事自体が誤りとは言えない。しかし、誤解を招きかねない内容を内包している。
見出しと識者引用の記事配列を素直にたどると、記事の背後に一つの筋が立ち上がる。英裁判所がアバンシのライセンス料を精査する道が開かれた、現状より低く認定される可能性は十分にある、アバンシは認められた料率に従わざるを得ない、他国についても承認・執行を求めうる——という順序である。
はたしてそうなるのか。英国内の話と英国外の話に分けて検討する。
三 まず英国内の話
(1)英国最高裁は料率の高低を認定していない
今回の判断は、ロイヤルティの高低が裁判上の争点にあたり、差戻審が審理しうるかを認めたものにすぎない。適用された基準は「審理に値する争点があるか(serious issue to be tried)」である(paras 64-65)。裁判所自身の理由づけは、FRAND確約がプールを通じたライセンスにも及ばなくなる根拠は見出せない、というものであり(para 84)、テスラの主張が公判で成り立つ現実的見込みがある、と述べたにとどまる(para 95)。32ドルが高いとも低いとも、最高裁は判断していない。
(2)本件はアバンシと一ライセンサー(インターデジタル)に対する係争である
本件はテスラ対アバンシおよびインターデジタルの係争であり、プラットフォームに参加する他の90社超は手続の当事者ではない。控訴審多数意見はこの点を懸念し(para 140)、インターデジタルも、多数者の権利を意見陳述の機会なく変更するのは自然的正義に反すると主張した(para 141)。最高裁はこれを退けたが、不参加者を拘束しうるとしたのではない。「少なくとも現段階では」全ライセンサーを当事者に加える必要はない、としたにとどまり(para 142)、個々のライセンサーには参加申立ての道があるとした(para 143)。
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図 宣言が直接の効力を及ぼす範囲
(3)出るのは「宣言」であって「命令」ではない
テスラが求めているのは宣言的救済であり、英国裁判所が出しうるのは「宣言」である。アバンシに別料率での提示を命じる給付判決ではない。最高裁はアバンシを「essential party」と位置づけたが(para 142)、それは評価に不可欠という意味であって、名宛人として命令を受ける立場を意味しない。最高裁が挙げた宣言の有用性も、アバンシが立場の再考を迫られること(para 136)、ライセンサーがプール・ライセンスをもってFRAND義務の履行と主張できなくなること(para 137)であり、いずれも事実上の効果にとどまる。記事が「アバンシに対してどこまで強制力を持つかは不明だ」と置いた留保は正しい。不明というより、及ぶ範囲が構造的に限られている。
(4)「低く認定する」根拠も薄い
英国の裁判所はこれまで特許権者と利用者が主張する金額の間をとってきた。現状より低く認定する可能性は十分にある(松永弁護士)
松永弁護士のコメントは経験則によるものであり、しかも二者間交渉事案のものである。本件の審理対象はプール・ライセンスであり、アバンシ5Gは標準必須特許の相当部分を集約している。トップダウン方式で算定する場合、評価の対象が標準全体に近づくため、総ロイヤルティ負担に対する比率は個別ポートフォリオの場合より大きくなる。プールが審理対象となりうるという本判決の帰結は、料率を引き下げる方向にのみ働くものではなかろう。記事自身が後段で、ミュンヘン地裁の指針がアバンシの現行料率をFRANDの範囲内ないしむしろ低いとしたことを報じている。
そして、仮に裁判所が現状より低い料率を認定したとしても、それはあくまで英国での話である。
四 次に英国外の話
(1)英国の判例が他国の裁判所を羈束(きそく)することはない
基本的なことであるが、これは記事に明示されてもいる。UPCマンハイム地方部は、英国裁判所の暫定ライセンス(interim licence)が事実上のアンチ・スート・インジャンクションにあたるとして、これを求めることを禁じる命令を発した(UPC_CFI_936/2025)。英国の終局的FRAND判断がUPC域内での権利行使を妨げる効果を持つ場合には本命令に違反しうる、とも述べている。ドイツも同様である。ミュンヘン地裁第7民事部の2026年8月13日付FRAND指針は、外国判決がドイツの侵害訴訟を拘束しないことを明示する。
(2)承認・執行は実効性に乏しい
判決の法的効力は英国外には及ばないため、他国については英国判決の承認・執行を求めることも考えられる(鈴木教授)
鈴木教授引用の後半については、可能性としては語りうるが、実効性に乏しい。2025年7月1日に英国について発効したハーグ2019年判決条約は、双方で発効した後に開始された手続にしか適用されない。テスラの提訴は2023年であり、本件には及ばない。英国はEU加盟国でもUPC加盟国でもなく(2020年にUPC協定から離脱)、条約による経路は閉じている。
残るのは各国の国内法による個別の承認審査である。もっとも、間接管轄をはじめ要件の充足は自明でない。そもそも宣言判決については、承認を得たとして何が得られるのかが判然としない。
(3)英国外で承認・執行を求めることは、テスラにとって逆効果である
さらに仮に通路があったとしても、テスラがその手段を選ぶとは考えにくい。
第一に、求める対象がない。テスラが得るのは「宣言」であり、履行を命じる給付内容を伴わない。承認・執行の手続は通常、給付判決を前提とする。
第二に、ミュンヘンの担保ルールが跳ね返る。前記FRAND指針は、実施者が他法域で料率設定を申し立てた場合、外国裁判所が設定した額または実施者自身が提示した額の担保を求めるとしている。英国で得た数字を域外で通用させようと動けば、その数字がドイツにおけ
る自らの支払義務の下限として固定される。
第三に、UPCの反発を自ら招く。前記命令は英国発の措置を他法域の法秩序への介入と性質決定し、制裁を定めた。承認・執行を求める行為は、まさにその効果を狙うものと受け取られよう。
第四に、採った立場が相手方にも使える。一国の料率認定が域外でも通用すべきだという主張は、ドイツや中国で権利者側に有利な認定が出たときに、そのまま援用されうる。実施者が一般に忌避してきた立場である。
テスラにとって英国の宣言は、域外で振り回すものではなく、交渉において持っていることに意味があるカードである。公開資料で確認できる限り、SEP紛争で外国のFRAND判決の承認・執行が求められた例は見当たらない。
五 生じうるありがちな二つの誤解
一つは、今回の判決で英国最高裁がロイヤルティは高いと認定した、あるいは認定しようとしている、という誤解である。認定していないし、認定しようとしているのでもない。判断されたのは、その点が審理に値する争点であるかどうかにとどまる。
もう一つは、仮に英国の差戻審で低い料率が認定されれば、アバンシのライセンス料そのものが下がり、それが欧州大陸など他の地域にも及ぶ、という誤解である。本件はアバンシと一ライセンサーに対する係争であり、他の90社超は手続に参加していない。出るのは宣言であって命令でもない。そして当然のことだが英国の判断が大陸の裁判所を羈束することはなく、承認・執行という通路も、制度上も実務上も現実的ではない。
英国最高裁が判示したのはプラットフォームの提示料率が審理の対象となりうるという点である。ただし英国だけの話である。入口が開いたことと料率が下がることは別であり、料率が下がることとそれが当事者以外に及ぶことも別である。交渉のカードにはなっても解決そのものではない。
付言すれば、英国は自動車産業の中心でもない。2025年の新車登録は約202万台と小さくはないが、生産は76万台あまりにとどまり、1952年以来の低水準である。主要ブランドの資本もほとんどが国外にある。ロールス・ロイスとミニはBMW、ベントレーはフォルクスワーゲン、ジャガー・ランドローバーはインドのタタ、MGは中国の上汽、ロータスは中国の吉利の傘下である。英国が自動車SEPの料率を論じる場となっているのは、テスラだけの英国での販売計画とインターデジタルの英国特許に由来する管轄上の帰結であって、産業の実態を映したものではない。
日経記事は「各国の裁判所は、国をまたいで展開される特許紛争の解決地の地位を争っている」と結んでいる。ただ、裁判所が誘致を競うということは互いに従わないということであり、記事前半から読者が受け取る印象とは両立しない。インターデジタル対アマゾンが仲裁に向かったことが示すように、属地的な司法が相互承認の通路を欠いたまま並走する限り、出口は司法の外に求められることになる。
参考 ― 日本の位置
アバンシ5Gのライセンサーには、NTTドコモ、KDDI、NTT、パナソニック、シャープ、ソニー、京セラ、富士通、NEC、JVCケンウッド、IPブリッジなど日本の権利者が多数名を連ねる(当事者公表)。トヨタはライセンシーとライセンサーの双方に掲載されている。料率の下方修正は、日本の自動車メーカーの支払減であると同時に、日本の権利者の受取減でもある。日本は両側に立っており、どちらに利益があるかは自明ではない。
※ 差戻審は今後に委ねられており、本稿は現時点で公開されている資料に基づく。確認できていない部分は断定を避けた。
参考資料
・日本経済新聞「つながる車の特許使用料は高すぎるか」(2026年10月4日電子版/10月5日付朝刊) https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD2114Y0R20C26A9000000/
・Tesla v InterDigital & Avanci [2026] UKSC 27(判決原文) https://supremecourt.uk/cases/judgments/uksc-2025-0058
・Blackstone Chambers — Tesla v InterDigital & Avanci https://www.blackstonechambers.com/news/tesla-v-interdigital-avanci/
・Ashurst — UK Supreme Court extends FRAND scrutiny to SEP licensing platforms https://www.ashurstperkinscoie.com/en/insights/uk-supreme-court-confirms-frand-scrutiny-extends-to-sep-licensing-platforms/
・Kluwer Patent Blog — Opening the Door to Pool Determination https://legalblogs.wolterskluwer.com/patent-blog/opening-the-door-to-pool-determination-tesla-v-interdigital-and-avanci/
・UPC_CFI_936/2025 再審査命令(2025年12月22日・原文) https://www.unifiedpatentcourt.org/sites/default/files/files/api_order/2025-12-22%20%20Review%20Order%20final_signed.pdf
・JUVE Patent — New FRAND guidelines: Munich Court aims to make proceedings more efficient https://www.juve-patent.com/legal-commentary/new-frand-guidelines-munich-court-aims-to-make-proceedings-more-efficient/
・Latham & Watkins — Hague Judgments Convention 2019 Enters into Force in the UK https://www.latham.london/2025/06/hague-judgments-convention-2019-enters-into-force-in-the-uk/
・Avanci 5G Vehicle(料率・ライセンサー/ライセンシー一覧/当事者公表) https://www.avanci.com/vehicle/5gvehicle/
・SMMT — UK new car market breaches two million(2025年新車登録) https://www.smmt.co.uk/uk-new-car-market-breaches-two-million-as-almost-one-in-four-buyers-go-electric/
・Automotive World — SMMT: UK vehicle production hit 73-year low in 2025 https://www.automotiveworld.com/news/smmt-uk-vehicle-production-hit-73-year-low-in-2025/


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