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 米国通商問題(スーパー301条)にSEP登場  SEPs in US Special 301 Report


May 19, 2026 by Toshi Futamata


はじめに

米国通商代表部(USTR)が毎年公表する「Special 301 Report」は、各国・地域の知的財産保護状況を評価し、問題国を「Priority Watch List」等に指定する、米国通商政策上の主要ツールである。2026年4月30日に公表された2026年版は、従来の著作権・商標・特許保護の評価に加え、第I章第H節(本文39〜40頁)に「Intellectual Property and Standards」と題する独立節を新設した。標準化と知財、とりわけSEP(標準必須特許)の問題がSpecial 301の枠組みで明示的に取り上げられたのは、筆者の知る限り今回が初めてである。



1 報告書の基本的立場

本節は「標準に係る特許のライセンスが効率的・透明・予見可能であることの重要性」を述べつつ、その実質はSEPホルダー、とりわけ米国イノベーターの権利保護に重心を置く。「米国のイノベーションの優位性、経済競争力、および国家安全保障が、特許権の効果的な行使を損なう行動によって脅かされている」と明言し、いわゆるホールドアップへの言及は一切ない。外国裁判所・立法府・国際機関による特許行使の制限を主たる問題として位置づけている点が際立った特徴である。


2 三つの具体的懸念

(1)過度に広範なASI(Overbroad Anti-Suit Injunctions過度の禁訴令)

報告書は、一部外国裁判所が「米国企業による世界での特許権行使を不公正に禁じる包括的・域外的ASI」を発令していると指摘する。注目すべきは「憲法上の権利(constitutional right)」という表現であり、ASIを米国の基本的法秩序への侵害として位置づけている。特定国は明示されていないが、中国裁判所の実務が念頭にあることは疑いない。Samsung v. ZTEの重慶中級人民法院手続など、本研究会でも最近取り上げた事案の背景がここに見える。


(2)主権を侵害する特許価値評価(Sovereignty Impinging Patent Valuation)

この表現はUSTR原文自体の用語である。報告書は「一部の外国裁判所が、双方当事者の同意なしに、米国特許を含むSEPポートフォリオのグローバルなライセンス料率を設定する権限を主張しつつある」と指摘し、「特許権の属地主義に照らせば、かかる行為は米国特許権者が米国裁判所で損害賠償を求める法的権利に干渉し得る」と述べる。

論理の核心は「双方当事者の同意なし」にある。英国最高裁がUnwired Planet v. Huaweiでグローバルなレート設定管轄を確立して以降、英中の各裁判所でその実務が積み重ねられてきたことにある。外国裁判所による料率決定が米国訴訟に与える影響——先決的効果や損害額の制約——をUSTRが問題視しているのであり、グローバルFRAND料率設定という近年の裁判実務に対する政府レベルでの正面からの異議申し立てと理解すべきである。


(3)差止救済の禁止(Prohibitions on Injunctive Relief)

立法・規制機関・裁判所・多国間の法廷によるSEP文脈での差止救済の「カテゴリカルな禁止」を問題視する。欧州委員会のSEP規則案などが射程に入っていると解される。


3 新たな論点:LNG(ライセンス交渉グループ)

三項目に加えて、「Licensing Negotiation Groups(LNG)」の出現を懸念事項として指摘する。実装者が共同して交渉に当たるLNGが、「競争を阻害し、FRAND基準を下回る価格を固定化し、またはホールドアウトに合意する」リスクがあるとしており、実装者側の集団交渉の動きに対する米国政府の明確な警戒の表明と読める。


4 執行体制と実務上の含意

報告書はUSPTO・DOJ反トラスト局・FTCとの連携継続を明言し、通商・特許・競争の三機関が統合的にSEP問題に当たる姿勢を示している。

SEPホルダーへ グローバルFRAND料率設定への米国政府の懸念が明示されたことは戦略的に重要である。英独中での訴訟において料率設定がなされた場合の米国特許への影響について、改めて精緻な分析が求められる。

政策立案者へ ASI・グローバル料率設定・差止制限の三点は、今後の二国間・多国間交渉における米国側の具体的問題提起となる。東京地裁のSEPアプローチは現時点でこれらとの直接の衝突はないと思われるが、継続的な注視が必要である。


おわりに

2026年Special 301 ReportのH節は、SEP/FRANDをめぐる議論の場が裁判所・競争当局の枠を超え、通商政策の次元に移りつつあることを示す象徴的な文書である。知財担当者のみならず、渉外・通商部門および政策立案者にとって等しく注視すべき変化である。


参考資料

 
 
 

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