自民党知財戦略提言を読む――欠けていた「SEP」という一語 LDP's IP & Standards Proposal: Everything but SEP
- Toshi Futamata
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June 29, 2026 by Toshi Futamata
1. 提言の概要(ファクト)
2026年6月25日、自由民主党知的財産戦略調査会は、知財戦略を成長戦略および経済安全保障政策の「根幹」に位置づける提言を取りまとめ、内閣総理大臣に申し入れた(提言本体は令和8年5月26日付)。キャッチコピーは「ビジネスで勝つ知財へ」。出発点となる問題意識は、日本がこれまで繰り返してきた「技術で勝ってビジネスで負ける」状況の打開であり、その根本原因を「知財の価値が長年著しく低く評価されてきたこと」に求めている。
提言は、本調査会の下に置かれた3つの小委員会(①知的財産権創出・保護、②国際標準化、③コンテンツ戦略)の議論を踏まえ、(I) 知的財産の創造と保護、(II) 国際標準化の推進、(III) コンテンツ戦略の推進、(IV) クールジャパン戦略の新たな展開、の4分野で構成される。主な内容は次のとおり。
(I) 知的財産の創造と保護
- 高市政権の「成長戦略17分野」において、政府主導でIPランドスケープを実施し、チョークポイントとなる技術・知財を戦略的に創出・保護・活用する。
- 知財・無形資産経営を推進。令和8年度中に、有価証券報告書等での開示を促進する制度のあり方について方針を示し、コーポレートガバナンス・コード改訂と連動した知財・無形資産ガバナンスガイドラインを改訂する。企業価値に占める無形資産割合は日経225で約50%、米国S&P500で約90%という彼我の差を指摘。
- 知財保護の強化として、損害の回復と「侵害者利益の剥奪」を確実にする規定の導入検討、査証制度の実効性向上、そしてパテントプールや消費者団体訴訟を参考にした「集団的・組織的な権利行使」の仕組みの検討を掲げる。
- 技術流出対策として、仏のアンチディスカバリー法を参考にした開示強制への対応、営業秘密の刑事罰強化、生成AIによる「声の権利」侵害への法的整理を提言。
(II) 国際標準化の推進
- 「技術で劣後してもビジネスで勝ち得るツール」として国際標準化を成長戦略・官民投資ロードマップに組み込み、デジタル・AI、環境・エネルギー、量子、通信等にメリハリある官民リソースを投入。
- 「標準戦略監(仮称)」設置の検討、研究開発から知財・標準・事業戦略までの一気通貫支援、標準化人材(CSO=Chief Standardization Officer等)の育成、試験・認証機関の体制強化。
- 遅くとも2027年までに着手、2030年までに実現という時間軸を明示。
(III) コンテンツ戦略
- コンテンツへの政府公的投資を5年で5000億円以上に拡大し、2033年までに海外売上高20兆円を目標。ゲーム・アニメ・マンガ・音楽・実写の5分野を柱に、海賊版対策とデジタルアーカイブ振興法(仮称)制定等を推進。
(IV) クールジャパン戦略
- クールジャパン関連産業の海外展開規模(直近約27兆円)を2033年までに50兆円以上とする目標の下、インバウンド・農林水産物・ファッション・化粧品の海外展開の強化。
ガバナンス
- 短期的に知的財産戦略推進事務局の定員・予算・権限を拡充。長期的には、各府省庁に分散する知財関連部署を統合した「知的財産省(仮)」の創設を検討するという組織再編構想。
出典・リンク
- 自民党ニュース(プレスリリース):[「ビジネスで勝つ知財へ」知的財産戦略調査会が高市総理に提言](https://www.jimin.jp/news/policy/213635.html)
- 知的財産戦略調査会提言(本体):[213635_1.pdf](https://storage.jimin.jp/pdf/news/policy/213635_1.pdf)
- 【参考】知財権創出・保護小委員会 提言:[213635_2.pdf](https://storage.jimin.jp/pdf/news/policy/213635_2.pdf)
- 【参考】コンテンツ戦略小委員会 提言:[213635_3.pdf](https://storage.jimin.jp/pdf/news/policy/213635_3.pdf)
- 【参考】国際標準化小委員会 提言:[213635_4.pdf](https://storage.jimin.jp/pdf/news/policy/213635_4.pdf)
2. コメント ―― なぜ「SEP」の語が一度も出てこないのか
ここからは私見である。
本提言を通読して、一つ強い違和感が残った。知財と標準を国家戦略の中核に据えた文書でありながら、「標準必須特許(SEP)」という言葉が一度も出てこない。「FRAND」も「差止め」も同様に見当たらない。しかし、SEPと隣り合わせの概念は書き込まれている。提言は知財保護の強化策として「パテントプール」を参照し、権利者に代わってライセンス交渉や訴訟提起を担う集団的・組織的な権利行使の仕組みを検討すべきだとする。いずれも国際的にはSEPライセンシングの文脈で発展してきた実務である。「部品」は揃っているのに、それらをSEPという軸で束ねる視点だけが抜け落ちている。
海外に目を転じれば、SEPはまさに政府・当局が最前線で取り組む戦略テーマである。欧州委員会はSEP規則案を撤回し、これに反対する欧州議会は2025年11月、撤回の取消しを求める動議をめぐって紛糾した(僅差で可決し、欧州司法裁判所(CJEU)への提訴に至った)。米国ではUSPTOが2025年末にSEPワーキンググループを立ち上げ、USPTO・司法省(DOJ)が裁判所やITCにおいてSEP権利者の差止め・排除命令を支持する意見を相次いで提出している。中国も十五五(第15次五カ年計画、2026–2030)で技術自立と6G等のコア技術を巡る知財保護を国家戦略の中核に据えた。SEPと標準をめぐる主導権争いは、いまや通商・産業政策と一体の国家課題なのである。
「技術で勝ってビジネスで負ける」――提言が掲げたこのスローガンそれ自体が、突き詰めればSEPの問題である。標準に自社技術を載せた者が、それを単なるライセンス料収入の源泉としてではなく、事業戦略を構築するツール――クロスライセンス、参入条件の設計、交渉レバレッジ、防御的活用までを含む――としてどう使いこなすか。ここでつまずいてきたことこそ、日本が「ビジネスで負ける」一因だったはずである。提言の射程は標準の「策定」と知財の「取得・保護」にあり、実施・ライセンス局面(=SEPの主戦場)は対象外とした、という整理は成り立ちうる。それでもなお問いは残る。欧米中がSEPを正面から国家戦略に位置づけるなか、日本の旗艦的な知財・標準提言にSEPの語が一つもないことは、わが国において「SEPの意義」がなお重要とは捉えられていないことの証左ではないか。この「不在」が次の提言では「存在」へと変わっていることを、一人の実務家として期待したい。
(本稿は自民党知財戦略提言本文に基づく筆者の個人的見解である。)
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