FRANDレートをどう決めるか②(この一年の判例と指針)Who Sets FRAND Rate(Reviewing 2026)?
- Toshi Futamata
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更新日:1 時間前
September 3, 2026 by Toshi Futamata
SEPをめぐる論争の重心が、差止めの可否から、FRAND料率の算定そのものへ移りつつある。この一年、英国、ドイツ、中国、日本、インドで算定に踏み込んだ判断と指針が相次いだ。本稿は2025年10月31日から2026年8月19日までの20件を一覧に掲げ、そこから読み取れることを整理する。判決のほか、東京地方裁判所とミュンヘン地方裁判所の審理指針、EPOとWIPOの研究を含めた。公開資料で確認できる範囲である。
対象期間 2025年10月31日〜2026年8月19日/英国・ドイツ・UPC・中国・日本・インドの判断および EPO・WIPO の研究 計20件
1.算出手法は収斂したが、結論は分かれた
英国のSamsung対ZTEはtop-downを主たる手法とせず、ZTE–Appleの2020年ライセンスを主要な比較対象とした。一方ミュンヘンのFRANDガイドラインは比較ライセンスを第一順位に置き、top-downをコントロール・メカニズムとする。さらに重慶市第一中級人民法院も既存契約とSamsung–Nokiaライセンスを軸に据えた。EPOが7法域65件を横断して得た結論も同じである。方法の序列(主comparable+ 従top-down)という階層では、各国はすでに一つの答えに落ち着いている。
ところが結論は揃わない。英国は5年で3.92億米ドル、ミュンヘンは5年分の中間値7.26億米ドル・レンジ上限7.99億米ドル、重慶は6年で7.31億米ドルとした。同一当事者・同一ポートフォリオでこれだけ割れる以上、結論を決定しているのは手法ではない。
<訂正>ミュンヘン地裁の数値を「中間値7.26億米ドル」と記載していましたが、正しくは「6.4億米ドル」の誤りです。なお、ミュンヘン地裁はこれを判決ではなく、FRAND幅として示したものです。 グラフを差し替えます。

図 同一紛争・同一方法・異なる結論(Samsung/ZTE)
2.効いているのは、方法論の下にある調整の層である
英国はZTEが初めて外部ライセンスを行う立場であることを理由に12.5%、5Gポートフォリオの価値について5%を調整した。ミュンヘンは5Gの総ロイヤリティ11億米ドルを起点に、数量規模−30%、hold-out+10%、供与特許分−1.34億米ドルを施した。注目すべきは、ミュンヘンが交渉態度を理由に加算している点である。英国にこれに対応する調整はない。両者はFRANDが何を補償するものかという理解の段階から異なっている、とみるのが自然であろう。
3.裁判所が事件の外で算定基準を公示しはじめた
ミュンヘンのガイドラインは、係属事件の判決とは別に算定の枠組みを示したものである。ミュンヘンの指針は67頁に及び、比較契約は原則5年以内、中央値から上下50%をFRANDレンジ(幅)を示す。
さらにAvanciの5G自動車プールを名指しで取り上げて、1台32米ドルがtop-down検証に耐えるとした(Rn.197以下)。ただし、車両の使用期間が携帯電話の3倍であることを乗数とする発想は、一台の製造販売という一回の実施行為に対する対価を、時間で割り増すことにならないか。同じ指針がRn.210で消尽と実施態様の区別を厳密に論じているだけに、検討の余地があるとする議論がある。なおミュンヘン指針は自らを拘束しないと明示する(Rn.209、231)。
なお東京地方裁判所の審理要領も販売資料の扱い方を明示した。
4.管轄をめぐる争いが、算出作業を停滞させた
InterDigital対Amazonでは、UPCマンハイム地方部が英国での暫定ライセンス請求を妨げる命令を維持し、最大5,000万ユーロの制裁金リスクが示された。Amazonは2026年2月のUPC審問で、UPCの手続や命令の執行に起因する損害を英国では請求しない旨を宣言し、3月5日に英国高等法院でも同旨を述べた。それに対して英国Meade判事はこれを「Amazonの意図の純粋にパフォーマティブな表明」とし、法的な拘束力を認めなかった。
英国では2026年9月に最終RAND trialが控えていたが、その3か月前に当事者は和解し、最終条件は仲裁に委ねられた。五法域にまたがる応酬の末、「いくらが適正か」に司法が答える機会は失われた。
5.次の論点はプールレベルに移りつつある
英国最高裁はTesla対InterDigital及びAvanciで第一審・控訴院の管轄否定を覆し、プールないしプラットフォーム単位でライセンスされるSEPの料率も英国裁判所の審査を免れないとした。ただしこれは管轄ないし審理可能性の判断であって、Avanciの提示条件がFRANDでないと判断したものではない。争うに足りる真摯な争点(serious issue to be tried)がある、すなわち立証できる現実的な見込みがあると認めた中間段階にすぎない。
対照的に、ミュンヘンの指針は同じプールについて是認的な見解を先に示した。英国は審査の扉を開き、ドイツは事前に評価を述べた。この距離が、いまの構図をよく表している。
6.まとめ ── 何が結論を分けるか
みえるのは収斂ではなく各国司法の競争である。実施者は英国の暫定ライセンスに、権利者はドイツ・UPCの差止めと公表された指針に活路を求める。中国は英国の約2倍の水準を示し、インドはpro-tem securityで実施者に負担を課した。EPOが描く収斂という総括は、方法の階層では正しい。だが結果の階層では、いまだ競争の只中にある。
この競争は皮肉な帰結を生む。管轄をめぐる争いが激化するほど、当事者は司法から離れていく。InterDigital対Amazonも同社とSamsungの紛争も仲裁で決着し、Ericsson対Lenovoも2025年4月に仲裁で終わった。理由は構造的であろう。FRAND宣言はETSIに与えられた単一のグローバルな約束であるのに対し、特許は属地的であり、全世界を代表する正統性を持つ裁判所は存在しない。競争法もこの隙間を埋めない。Huawei v ZTEが示したのは交渉のプロトコルであって価格ではなく、競争法は「いかなる場合に差止請求が濫用となるか」を語るが「いくらが適正か」は語らない。行為規範としての競争法と、価値評価としてのFRAND算出との間には、原理的な断絶がある。
そうであれば、グローバルなFRAND条件を最終的に確定しうるのは、当事者双方が合意した手続だけとなる。ただし留保が要る。調停も仲裁も同意を前提とし、その同意を生むのは差止めや暫定ライセンスという司法のレバレッジである。裁判所が不要になるのではなく、その役割が「額を決めること」から「額を決めさせる条件をつくること」へ移りつつある、とみるべきであろう。加えて仲裁は非公開である。比較ライセンス方式は公開された契約条件を必要とするから、主要な紛争が非公開の仲裁に流れれば、その基礎自体が痩せていく。
東京地方裁判所が令和8年1月に公表したSEP調停(SEPJM)の審理要領は、調停を裁判所の内部に置き、不成立の場合にも調停案と意見書を調停調書に添付して後続の訴訟で用いる設計である。もっとも運用実績はこれからであり、解と呼ぶには早い。SEP係争解決のためのOPTIONの一つとして考えたい。
参考 ──SEP研究会ブログ 別稿で扱った判断
重慶中院の判断(重慶中院 ZTE v Samsung で7.31億米ドルの支払をSamsungに命じる)および東京地方裁判所の審理要領(【速報】東京地裁がSEP訴訟審理要領を公表)については別稿で扱ったので、ここでは繰り返さない。
※ 本稿は算出の方法論に焦点を当てたものであり、個別の争点には立ち入っていない。段落番号は原文で確認できたミュンヘンの指針(2026年8月13日付)にのみ付した。Tesla事件は中間段階にあり、実体判断は今後に委ねられる。
参考資料
・Samsung v ZTE, [2026] EWHC 999 (Pat) 判決要旨(英国司法当局) https://www.judiciary.uk/wp-content/uploads/2026/05/Samsung-v-ZTE-FRAND-judgment-Press-Summary.pdf
・UK judge Meade determines FRAND rate of $392m in Samsung vs ZTE(JUVE Patent) https://www.juve-patent.com/cases/uk-judge-meade-determines-frand-rate-of-392m-in-samsung-vs-zte/
・Continued FRAND Divergence: UPC Issues First-Ever Settlement Proposal and Munich Court Grants Injunction(Cleary Gottlieb) https://www.clearygottlieb.com/news-and-insights/publication-listing/continued-frand-divergence
・Competing Global FRAND Determinations: UK and Chinese Courts Reach Divergent Conclusions(Cleary Gottlieb) https://www.clearygottlieb.com/news-and-insights/publication-listing/competing-global-frand-determinations
・New FRAND guidelines: Munich Court aims to make proceedings more efficient(JUVE Patent) https://www.juve-patent.com/legal-commentary/new-frand-guidelines-munich-court-aims-to-make-proceedings-more-efficient/
・標準必須特許(SEP)に基づく特許権侵害訴訟の審理要領(東京地方裁判所)https://www.courts.go.jp/tokyo/saiban/minzi_section29_40_46_47/SEP_tokkyoken_shingai/index_2.html
・SEP調停(SEP Judicial Mediation (SEPJM))の審理要領(東京地方裁判所) https://www.courts.go.jp/tokyo/saiban/minzi_section29_40_46_47/SEPJM_chizai_jiken_teiki/index_2_1.html
・InterDigital v Amazon SEP saga: back and forth between UPC and English court continues(Osborne Clarke) https://www.osborneclarke.com/insights/interdigital-v-amazon-sep-saga-back-and-forth-between-upc-and-english-court-continues
・Amazon and InterDigital will settle their FRAND dispute through arbitration(JUVE Patent) https://www.juve-patent.com/cases/amazon-and-interdigital-will-settle-their-frand-dispute-through-arbitration/
・Tesla, Inc and another v InterDigital Patent Holdings, Inc and others, [2026] UKSC 27(英国最高裁) https://supremecourt.uk/cases/uksc-2025-0058
・InterDigital v. Transsion: A 'Comparatively' Better Pro-Tem Order?(SpicyIP) https://spicyip.com/2026/07/interdigital-v-transsion-a-comparatively-better-pro-tem-order.html
・Cross-licence agreement ends global dispute between Ericsson and Lenovo(JUVE Patent) https://www.juve-patent.com/cases/cross-licence-agreement-ends-global-dispute-between-ericsson-lenovo/
・Methodologies for FRAND determination: evidence from global case law 要旨(EPO) https://link.epo.org/web/publications/studies/en-methodologies-for-frand-determination-executive-summary.pdf
・FRAND Economics: Valuation Methods in Licensing Standard Essential Patents(WIPO)https://www.wipo.int/web-publications/frand-economics-valuation-methods-in-licensing-standard-essential-patents/assets/91230/1093%20FRAND%20Economics%202026%20-%20EN.pdf



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