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UPC直属のPMACがリュブリャナで正式発足 ―― 欧州発SEP/FRAND紛争解決の「最後の一片」 The UPC's Patent Mediation and Arbitration Centre (PMAC) Officially Inaugurated in Ljubljana


June 4, 2026 by Toshi Futamata


2026年6月2日、スロベニアの首都リュブリャナにおいて、統一特許裁判所(UPC)の直下に設けられた特許調停・仲裁センター(Patent Mediation and Arbitration Centre, PMAC)の発足記念式典が執り行われた。式典は、リュブリャナ大学法学部が主催校を務める「Unified IP Summit 2026」の一環として開催され、その中核に第1回 PMAC紛争解決フォーラム(1st PMAC Dispute Resolution Forum)と模擬手続(mock proceedings)のセッションが組み込まれていた。会期は6月1日・2日の両日にわたる。


筆者は、この発足をもって、欧州のSEP/FRAND紛争解決をめぐる長年のパズルに、ようやく最後の一片が嵌(は)め込まれたものと理解している。以下、式典の概要を記録するとともに、本制度に注目する理由を整理しておきたい。

 

1. 欧州の総力を結集した開会式

式典は、PMAC所長のアレシュ・ザラール(Aleš Zalar)氏と、UPC運営委員会(Administrative Committee)委員長ヨハネス・カルヒャー(Johannes Karcher)氏によって開会された。開会の辞は、スロベニア共和国大統領ナターシャ・ピルツ・ムサル(Dr Nataša Pirc Musar)氏が述べている。

続く基調講演には、欧州司法裁判所(CJEU)長官コーエン・レナーツ(Prof. Dr Koen Lenaerts)氏、ならびにUPC控訴裁判所長官クラウス・グラビンスキー(Dr Klaus Grabinski)氏が登壇した。さらに、欧州委員会で民主主義・司法・法の支配・消費者保護を担当するミヒャエル・マグラス(Michael McGrath)委員がビデオメッセージを寄せ、欧州特許庁(EPO)長官アントニオ・カンピノス(António Campinos)氏も挨拶に立った。

EU・UPC・EPOという欧州特許制度の三本柱、そして開催国スロベニアの元首までもが一堂に会したこの顔ぶれは、本センターに欧州が寄せる期待の大きさを雄弁に物語っている。主催者発表によれば、登録者は約360名にのぼったと伝えられる。一方で、残念ながら日本からの出席者はごく限られていた。


ザラール所長は式辞のなかで、本日のPMAC発足はUPCという大きな物語の継続であり、訴訟(UPC)と、調停・仲裁・専門家判断・ハイブリッド手続(PMAC)とが相まって、当事者に「司法へ至る複数の道(many roads to justice)」を一貫した制度のなかで提供するものだ、という趣旨を述べている。


PMAC公式報道(3本):


PMAC式典・2日目の写真(公式撮影:Voranc Vogel):picdrop ギャラリー


 

2. PMACとは ―― UPCの枠組みに組み込まれたADR機関


PMACは、UPC協定(UPCA)第35条に基づき、UPCの不可分の構成要素として設立された専門ADR機関である。リュブリャナ(スロベニア)とリスボン(ポルトガル)の二つの拠点を擁し、欧州特許・単一効特許および関連する知的財産紛争について、次の手続を提供する。


仲裁(Arbitration) ―― 法的拘束力を有し、秘密性が確保された、カスタマイズ可能な訴訟代替手段。国内・国際を問わずIP紛争を解決する有効な仕組み。

調停(Mediation) ―― 任意・秘密・非拘束的な訴訟代替手段。中立的な調停人の関与のもと、当事者が協働して紛争を解決する。

専門家判断(Expert Determination) および ハイブリッド型 Med-Arb 手続

手続言語は英語・フランス語・ドイツ語を公用語としつつ、当事者の合意等により他言語にも対応する。調停サービスはすでに2026年5月12日から開始されており、仲裁および専門家判断は2026年中に順次提供が拡大される予定である。

 

3. なぜPMACに注目するのか ―― FRAND料率という「空白」


UPCの裁判チャンネルは、SEP/FRAND紛争において、欧州司法裁判所のHuawei v. ZTE枠組みを踏まえ、競争法(市場支配的地位の濫用)を基礎として当事者の「誠実交渉義務」の履行状況を判断する構造をとっている。すなわち、SEP権利者がFRAND条件のオファーを行ったか、実施者がwilling licenseeとして振る舞ったか、という当事者の「振る舞い(conduct)」の評価が中心であり、裁判所自身がFRAND料率そのものを終局的に決定することには本来的になじみにくい。


この「空白」を埋めうるのがPMACの仲裁である。仲裁廷は、当事者の合意に基づき、料率を含むFRAND条件について法的拘束力ある判断を下すことができる。しかも、PMACが他の既存ADR機関(WIPO、ICC等)と決定的に異なるのは、UPCとの直結性にある。


・ PMACで成立した和解や仲裁判断は、UPCに付託して決定として確認(confirmation)を受けることができ、UPC加盟国全域での執行可能性を備える。

・ PMACの管轄は地理的にUPC加盟国に限定されず、グローバルなポートフォリオを扱いうる(ただし特許自体の無効化・限定の権限は持たない)。


訴訟(UPC)が「振る舞いを規律し、交渉を促す」役割を担い、PMACが「料率を確定させ、グローバルに執行可能な解を与える」役割を担う ―― この二つが噛み合ったとき、欧州はSEP紛争解決のエコシステムを一つの整合的な体系として完成させることになる。EUのSEP規則案が撤回され、行政的アプローチが事実上頓挫したいま、UPCを軸とするこの司法・ADR連携こそが現実的な解として浮上している。 これが、筆者が本発足を「パズルの最後の一片」と評する所以である。

なお、PMACはFRAND紛争を扱うための非拘束的ガイドライン(仲裁規則第49条、調停規則第27条、専門家判断規則第21条)の策定を予定している。このガイドラインが将来、UPC各部のFRAND訴訟実務にも波及的に参照されるか否かは、引き続き注視すべき論点である。

 

4. 調停人リスト


PMACは認定中立者(neutrals)のリストを公開しており、現時点で119名の調停人が名を連ねている。このうち日本からは、

江幡 奈歩(Nao Ebata)氏(阿部・井窪・片山法律事務所 パートナー)

Andrew Yen 氏(Panasonic)

の二名他が登録されている(所属は筆者補足)

 

5. 結びに代えて


欧州は、訴訟(UPC)と多様なADR(PMAC)とを一つの体系のなかに束ね、SEP/FRAND紛争解決の制度的厚みを着実に増している。式典に集った錚々たる顔ぶれは、その本気度の表れにほかならない。

日本においても、東京地方裁判所のSEP司法調停(SEPJM)が始動し、ADRを訴訟の構造的補完として位置づける機運が高まっている。リュブリャナでの発足は、決して対岸の出来事ではない。欧州が嵌めた「最後の一片」を、私たちは自らの制度設計と実務にどう接続していくのか ―― そう問いかける契機として、本稿を記録に留めておきたい。

 

(文中の事実関係はPMAC公式発表、UPC公開資料、同会議参加者からのヒアリング情報に基づく。料率決定をめぐる位置づけ・評価は筆者の私見である。)



 
 
 

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